この話は、私、コオリノ本人が体験した話です。
思えばこの体験を期に、
初めに言っておきます。
偶然の産物。
私はそう思う事にしています。
それでは、お読みください。私が小学6年生の頃に体験した話を。
§
私はその日、H県K市にある戸畑商店街にいました。
目的は、その商店街の中にある本屋です。
程なくして本屋に着いた私は、目的の本を探す為、
その本屋には、中に大きな四角形の柱がいくつかあって、
私は本屋に入ると長居するたちでして、
やがて、ふと違和感を感じました。
それはあの柱にある鏡です。
見ると、そこには私が映っています。当たり前ですよね。が、
これもまあ当たり前です。だって他に客がいるんですから。
でも私が感じた違和感はそこじゃありません。
さっきから、不意に視界に入るその鏡の中に、
まるで、私の後をつけているかのように。
その人物は男でした。黒縁の眼鏡を掛け、
水色の半袖姿で、小太りの男性。
年は30後半から40代といったところです。
ちなみにその時点で、
私は何だかそれが面白くなり、
正直その時はまだ、本気でその男が、
私は直ぐに踵を返すと、婦人雑誌コーナーに向かいました。
男が読むようなものはもちろんありません。
本を物色する振りをして、私はふと、鏡を見ました。
いました、例の男が。
婦人雑誌コーナーに、私の後をついてくるようにして。
ドクドクと、血管の中の血が、物凄い勢いで流れるのを感じます。
高揚しているのか頭に血が上り、
早歩きで本屋を出ます。
そして頭の中であれは私の勘違いだと、何度も強く念じました。
アーケードの中をしばらく進むと、
衝動的に、私の足は店の中へと向かいました。
手前にあった格闘ゲームの台に腰掛けます。
必死に心を落ち着かせ、冷静になろうと考えたその時、
ゲームセンターの自動ドアが開くのが見えました。
そしてそこには、例の男が居たのです。
バクバクと心臓が鳴り、吐き気すら感じるほど、
ですが何を思ったのか、私はもう一度試す事にしたのです。
あの男の行動を。
財布からお金を取り出します。
コインを投入し、ゲームを開始します。
そして斜め向かいにある、
私の後ろ約3m程、後ろのゲーム機台に、男が腰掛けました。
財布からお金を取り出し、それを投入しています。
軽快な音と共にゲームのスタート音が、後ろから響いてきました。
どうやら男は麻雀ゲームを始めたようです。
私はその動きを見計らって、すぐさま席を立ち上がり、
そこですぐに走って帰れば良かったものを、
こんな恐怖に晒されながらも、
私はすぐさま行動に出ました。行き先は決まっています。
商店街の中にある、確かサンリブという名のデパートです。
入り口に入ると、
昇った先、2階の踊り場には、ガチャガチャが置いてあります。
当時ガチャガチャにはまっていた私は、
全ては偶然。自意識過剰な私の早とちりなんだと、
けれども、浅はかな私の思いはすぐに、
あの男です。
エスカレーターに乗って、こちらに昇ってきたんです。
私とは目も合わせず、どこか遠くを眺めるようにしながら、
急いでその場を離れました。
婦人服売り場。しかも下着売り場に、私は入りました。
私自身は怪しまれる事はありませんが、
しかし、男は来たんです。
まっすぐ他には立ち寄らず、婦人服売り場にある、
逃げました。
エスカレーターを駆け足で降りました。
足がもつれこけそうになりながらも、私は走りました。
ですが、私は子供だったのです。
浅はかで、たいした知恵ももたない、衝動的に身動きしてしまう、
デパートを出た私は、何を思ったのか、
そして目の前にある、
無我夢中で昇りました。
来ないで、来ないで、来ないで!
何度も胸の内でそう叫びながら、上へ上へと駆け上ったのです。
やがて行き止まると、4Fと書かれた鉄の扉に手を伸ばしました。
ガチャガチャと鈍い金属音が響きます。が、
当たり前ですよね。ですがそんなことすら、
扉のドアノブから手を離しました。一瞬静まり返ります。が、
カンカンカンカンカン、
下から音が響いてきます。
靴音でした。
カチカチと音が鳴ります。私の歯音でした。
膝が折れ、その場に私の体は座り込むように崩れ落ちました。
真ん中の支柱の隙間から下を覗き込みました。
水色の服が、チラチラと見えました。
カンカンカンカン、と、
涙と鼻水で私の顔はぐしゃぐしゃでした。
どうしてこうなったのか、どうすればいいのか?
が、その時です。
ガチャン、と金属音が鳴ったかと思うと、
そしてそこから、
「こんなとこで何してるの?泣いてるの……?何、どしたん!?
大きな声で話しかけてくる若い男性。
すると下のほうから、
カンカンカンカン、と、
今度は凄い勢いで下っていく靴音が聞こえたのです。
「何あいつ?なんなん?あいつか?いじめてんの?」
そう言うと若い男性は私の返事も待たずに、
「おいっ!ちょっ待て!」
二人の足音が遠ざかっていくのが分かります。
唖然としました、が私は力を振り絞り、フラフラと立ち上がると、
デパートを出て商店街の中に戻ります。
周りから聞こえてくる喧騒が、
ですが、商店街の入り口まで来て、私は立ち止まりました。
足が棒のように重い。これ以上は動かせない。
呆然と立ち尽くす私の目に、電話ボックスが映りこみました。
迎えを呼ぼう、さっきの事を話せば、
ボックスに入り100円を入れると、直ぐに家に電話しました。
何回かのコールが鳴ったのち、聞きなれた母親の声が、
泣きそうでした。いや、泣いていました。
親にはまったくと言っていいほど話が伝わりません。
受話器の向こうで母親が苛々しているのが分かります。
目の前に、こちらに接近してくる一台の車がありました。
対向車線をはみだしこちらに迫るタクシー、
「車泥棒!!」
と叫んでいます。そして次の瞬間、そのタクシーは、
ガッシャーン!!
と、けたたましい音と共に、頭から突っ込んだのです。
幸い、タクシーはガードレールを突き破る事はなく、
辺りは騒然としています。
周りからは、
「運転手は!?」
「おらん!」
「どこいったんや!?」
「タクシー盗まれたー!!」
と怒鳴り散らすような声が飛び交っていました。
受話器からは母親が私の名前を連呼する声が聞こえます。
私は震える手で受話器を持ち直し、耳元へと運びました。
すると母親が、
「あんたいい加減にしなさいね!?何騒いでるの??まあいいわ…
「えっ?」
母親の声に、思わず聞き返します。
「泊まっていく?だ、誰が?」
私は声を振り絞り聞き返しました。すると母親は、
「アンタの事よ。30分前くらいに、
30分前?
私がまだあのデパートの、非常階段に隠れていた頃の時間です。
あってもポケベルくらいです。
もう何がなんだか分かりません。
世界が意思を持ち、
§
以上が、私が過去に体験した話です。
脚色も誇張もありません。
ありのままの体験談です。
あまり怖くないですよね?正直訳の分からない話ですから。
ただ、一つだけ言える事があります。
私はこの体験をしたからこそ、
怪談は、答えのない不可思議な事ばかりです。
そう怪談は、不可思議連鎖の物語だと、私は思っています。
ただ……この話を友人にしたところ、
「お前、本当にコオリノだよな……?」
もちろん、
「そうだよ」
と、答えましたけどね(笑)