彼が通っていた小学校の通学路に、狭く小さな踏切があった。
そのすぐそばには、叔父さんの家があって彼はいつもそこに立ち寄っては、おやつをもらったりその家で飼っていた犬と一緒に遊んだりしていた。
雑種だが、狩猟免許を持つ叔父の相棒を務める賢い犬だった。
ある時、その踏切で若者が命を絶った。
両手両足を線路に投げ出すようにして電車に轢かれたその若者は、四肢を轢断されてからも息がありしばらくの間ひぃひぃと、うめき声とも叫び声ともつかない声を上げ続けた。
運悪く居合わせた同級生は「馬のいななき」を聞くと今でもその場面を思い出して動けなくなってしまうのだという。
その日は夜遅くまで、警察による事故現場の検分が行われた。
次の日から、その踏切は通行止めになった。
結局、狭く見通しが悪かったこともあって、事故を機にそこの踏切はそのまま廃止される。
叔父の家で飼っていた犬も居なくなった、と聞かされたが通学路ではなくなってしまったこともあり、事情を聞くこともないまま年月が過ぎた。
それから五年ほど経ち、彼が高校に入る頃周辺の子どもたちの間で変な噂が立ち始めた。
捨てられず残された叔父の家の犬小屋に、いななきをあげる人面の犬が出るのだという。
自殺者といなくなった犬を結びつけたのだろうか。
子どもの想像力とはたくましいけれど彼らは、その犬に何が起こったのかを知るはずがない。
縁者である彼ですら、その後に知った事情なのだから。
人身事故があった次の日の朝、いつもかわいがっていた叔母が様子を見に行くと従順で賢かったその犬は、急に狂ったように凶暴性をむき出しにして、叔母の腕の骨を噛み砕いた。
犬小屋のそばには、数センチ大の骨片が残されていた。
どうやら轢断されて吹き飛んできた遺体の一部を、一晩かけて食べてしまっていたらしい。
人間の味を覚えて「取り憑かれたように」凶暴化したその犬をもう飼うことは出来ないと判断した叔父は、棒で叩いて殺した。
人に取り憑かれた犬が出る、という奇妙な符合は、本当に子どもの空想の産物なのだろうか。