白女

ーーー 1999年、当時中学3年生だった私には、別の中学校に通う友人がいました。
仮にユミコとします。
とても可愛らしい子で、タカシくんというお兄さんと2人暮らしをしていました。
ご両親を事故で亡くしていたそうですが、タカシくんは成人していたため、働きながらユミコを養っていました。

冬休み、タカシくんが夜勤の日に泊まりに行くことに。
ユミコたちの住む地域は、市内の大きな川を挟んだむこうがわにありました。
私の実家周辺よりも人や車の通りが少なく、古い家屋が目立ちます。
全体的に静かなイメージです。
私の母や祖母は、「少し変わり者が多い地域」のように言っていました。
2人の住むマンションは海が近く、100メートル先には防風林が見えます。
また、ユミコたちの部屋は4階だったと記憶しています。

「朝に帰るけど、なにかあったら電話してね」 タカシくんはそう言って、ユミコに携帯電話を持たせました。
このころは携帯電話が若者にも普及しはじめていて、この家には固定電話がありませんでした。
ですが中学生だった私たちはまだ持っておらず、
なにか困ったことがあれば、勤め先のバーに電話すると約束しました。
バーのスタッフとも面識がありましたし。

深夜になり、お泊りパーティーというテンションで、私から「コンビニ行かない?」と誘いました。
ユミコは「でも、白女(シロオンナ)がいたらどうしよう…」と渋ります。
白女というのは以前ユミコが話してくれた、
〝この地域に出没する、白いワンピースのおばさん〟。
電柱などの物陰から登・下校時の女子生徒をジッと監視するんだそうです。
ユミコは夕方の下校時につけられたことがあり、とても怖い思いをしていました。
ですが私は「大丈夫だよ、深夜だよ?さすがに寝てるっしょw」と、ユミコを外へ連れ出してしまいました。

歩いて5分ほどの距離のコンビニで買い物をし、まっすぐな夜道を歩いてマンションへ。
進行方向先の、静かで見通しのいい住宅街のT字路、その角に白女はいました。
まだかなり距離はあるけど、街灯の薄明かりで白い服がぼんやり浮いています。
ハッとした私たちは息を殺し、うつむいたまま足早に直進しました。
はじめて見た白女、でも見ないように。なのに視界のすみに確かにいます。
体は動かさず、首から上だけで私たちを追っているように感じます。
こいつ、ユミコのこと見てる…と直感しました。
白女を通り越して曲がり道に入った瞬間、ダッシュでマンションへ駆け込みました。

興奮ぎみに「本当にいるんだね!」「ね、気持ち悪いでしょ?」などとエントランスで話し、そしてもう少しだけここにいようと決めました。
もしまだ白女が近くにいるなら、今戻ってはユミコの部屋の位置がバレてしまいます。
「ユミコんとこの地域の名物おばさん、マジ怖いねw」などと、まだ呑気なことを話していました。
ユミコも、タカシくんへ電話するほどのことではないと強がります。
20分くらい経ってからでしょうか、エレベーターで4階へ上がります。
廊下に出ると、ツーンと鼻を刺すような臭いが襲ってきました。
「こんな臭い、さっきはしなかったよね?」 廊下を進んだいちばん奥の部屋、ユミコが玄関を開けてくれるのを待っていたとき。私は何気なく顔を上げました。
エレベーターを起点にL時に折れた廊下の端から、白女がこちらへ歩いて来ています。
「ユミコ、鍵!鍵!早く!」 たぶん非常階段から上がり、待ち伏せしていたんでしょう。
手に何かを持っています。
ユミコがドアを開けてくれて、土足のまま上がり込めました。
しかし後ろ手にドアを閉めようとした瞬間、白女は膝や肩を無理矢理ねじ込んできました。
ドアの隙間から血走った目でこちらを睨み、「開けろ!このブス!ブスのくせに!」と私に叫びます。
そして隙間から手を入れ、握られていたのは裁ちバミ、ジリジリと下ろしてきました。
私はとっさにドアノブを掴んでいた手を離してしまい、尻もちをつきます。
ユミコは叫び、慌てて携帯電話を取り出しました。
焦りすぎていて、かけた先はタカシくんのバーです。
「タカシ!タカシ!お願い出て!」 その声に反応して、白女は私をまたいでユミコへ襲いかかります。
明るいリビングで改めて見た白女はガリガリでおそらく40代、裸足、ボサボサした長い黒髪。そしてワンピースというよりネグリジェでした。
下着をつけておらず、少し透けていて気持ちが悪い。
無我夢中であまり覚えていませんが、後ろから蹴ったり服を掴んだりして、ユミコからなんとか引き剥がしました。
白女はその間もずっと、「おまえなんか死ねばよかった!殺されてればよかった!」とわめいていました。まったく意味がわかりません。

逃げ惑う間に、ユミコは携帯電話を落としてしまいました。
それをすごい形相で奪い取った白女は、玄関から勢いよく出て行きます。
泣き崩れて震えるユミコに「すぐタカシくん呼んでくるから!」と言って、私も部屋を出ました。
バーは自転車で10分くらい、そこで警察も呼んでもらおうと思いました。
自転車で一般道へ出ると、海の方向、50メートルほどむこうをフラフラ歩く白女を見つけました。
怒りが込み上げ、今思えば無謀ですが、私は白女を尾行したのです。
自転車なのですぐに追いつきました。
携帯電話はずっと顔に押し付けているので、奪い取るスキがないまま防風林まで来てしまいました。
真っ暗な防風林に、裸足のままガサガサと分け入る白女。
獣道を少し進むと、背の高い草やツタに覆われた平屋があり、そこへ入って行きます。

目が慣れてきて少ししずつ見えてきましたが、錆びたトタンと朽ち果た木、割れたガラス窓、とても人の住むようなところではありませんでした。
明かりがつかない様子を見て、廃墟に住み着いているんだろうと理解できました。
空気は冷たいのに、猛烈な異臭がします。
割れた窓から覗くと、こちらを背にして立ち膝をつき、揺れながらブツブツ喋る白女が見えました。
耳をすますと「タカシくん…愛してる…タカシくん…」と言っています。
ものすごく腹が立ちました。
ユミコにひどいことしといて、おまえなんか愛されるわけないだろ!と。
そして気づいてしまいました。白女は携帯電話を自分の股間に出し入れし、自慰行為をしていたのです。
私は吐き気に襲われながらも耐えました。
そうこうしていると、白女はまた廃墟から出て、ブツブツ言いながらどこかへ行ってしまいました。
携帯電話は置き去りにされ、そこでわずかに光っています。
なので私は意を決して、涙を流しながら廃墟へ忍び込みました。
床板も畳もボロボロで、天井までも落ちてきそうな室内。
ゴミだらけ、ハエが飛ぶ音がそこらじゅう聞こえる。
散乱した衣類などもそっとまたいで携帯電話までたどりつきました。

そこでさらに目が慣れてきて見えた光景は、黒っぽく大きな、横たわる人型のなにか。
「うわぁ!」 それはドス黒いシミがついた敷布団の上に置かれた、大量の動物の死骸でした。
たぶん縛るか縫い付けるかして、なぜか人の形にされているのです。
携帯電話はバーへと通話状態になっていたようで、かすかに私を呼ぶ声がしました。
嫌々つまみ上げると、声の主はバーの店長さん。
「携帯電話泥棒にあった、ユミコが家で待っている」といった旨を伝えると、店長さんは私の安否を気遣う次に、タカシくんがもうマンションへ戻ったことを教えてくれました。

以下、後日談と白女の正体について。
実況見分と、聴取を受けました。
タカシくんと、マンションまで駆けつけてくれた店長さんが警察と難しそうな話を朝までしていました。
結果から言うと、白女は明け方、海で捕まったそうです。
部屋に壊されたものはなく、ユミコも私もケガはなかったのですが、白女には窃盗の余罪がたくさんあって拘留されました。
たくさんの犬や猫を殺していて、中には首輪をしていた子達もいました。
ですが、それについてはあまり重い罪ではないようでした。

強烈なあの臭いは、動物の腐乱臭と、何ヵ月もお風呂へ入っていない人の体臭だよと、婦警さんは教えてくれました。
しばらくして、どこか遠くの病院へ連れていかれたそうです。
タカシくんが話してくれた経緯によりますと、2年までさかのぼりました。
事故でご両親を亡くされたあと、ユミコの将来のこともあり、家を売って小さなアパートで暮らしはじめたそうです。
そこでは、ほかの部屋や近隣の住民も事故のことを知っていて、同情的で親切な人もいましたが、遺産のことを探ろうとするデリカシーのない人が多かったとのことです。
その中に、同情するフリをしてユミコに近づいてきた30代の男がいました。
そいつはまだ小学校6年生だったユミコに執着し、付きまとい、卑猥な手紙を送りつけ、下着を盗んだところで逮捕。
そのあと、また同情的なフリをしてタカシくんに言い寄ってきた女がいました。それが白女でした。

タカシくんは、はじめはただの若い男好きか、遺産目当てだと思っていました。
ですが次第に、タカシくんの後を昼夜つけたり、「妹さえいなければ結婚できるよね?」などと書いた紙を投函してくるようになり、これは病的だと気づいて今のマンションへ逃げるように引っ越してきたそうです。
このことから、白女があのとき私に対して「ブスのくせに」と怒鳴ってきたのは、私をタカシくんの彼女だと思ったからだと思う、そうタカシくんは推測していました。
ユミコが落とした携帯電話に気を取られていなければ、ユミコも私も危なかったかも知れません。

あれ以来、またすぐにマンションを引っ越していきました。
最後に会えたときにタカシくんが言った、「この土地にいたらダメだ、人間が腐る」という言葉が今も思い出されます。
気をつかってここまで話してくれたタカシくんたち兄妹を、もうそっとしといてあげたいという気持ちもあり、私からは詮索しませんでした。

私が携帯電話を買ったのはその1年後。
2ch掲示板やmixiなどが一般的に普及したのもそのころからでしたので、ユミコたちと再び繋がる方法はないまま、私も地元を離れ15年になります。

ーーー 長々とすみません。 あの白女が不気味であることを伝えようとしたら長文になってしまいました。
20年前の出来事を思い出した今、殺した動物を人の形にしたのはなぜだろう、この点が気にかかります。
あのころはノストラダムスが、2000年問題が、と世間は騒がしかった。
宇宙人が襲ってくるとかいうテレビ番組もマジメにやってたし、変な大人って多いんだなぁと、妙に納得していました。

「ストーカー」という言葉がテレビで使われ出したのもこのころからでした。
だけど、いくら変な大人がやったことでも、あれは不気味すぎです。
ネット検索が満足にできる現在、ふと思い出していろいろ調べました。
しかし精神病の事例、呪いの方法、大昔の黒魔術に至るまで調べましたが、似通うものすらありませんでした。

白女は、なぜあのような恐ろしいことをしていたのでしょうか。
また、この防風林は静岡県沼津市の「千本松」という一帯で、心霊スポットとして、いくつかのサイトに紹介されてはいました。
たしかに不気味な伝説や、あのころ以前も以降も、数件の殺人事件が起きている場所でもあります。
その土地が人を邪悪にさせるなんてこと、あるんでしょうか?

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