夜の道

これは今から数年前、私が大学生だった頃の話です。

当時私は大学2年生で、この体験があったのはちょうどテスト期間でした。
その日も私は大学の図書館で夜までテスト勉強を行っていました。
私の大学の図書館は、夜の10時まで開いています。
私は午後の講義を終え、夕方から図書館にすし詰めになり、閉館時間の夜10時までずっと勉強を行っていました。
自分で言うのもなんなのですが、当時私は決して真面目な学生ではなく、普段の講義はサボりがち、サークルやバイトに明け暮れる、というような大学生活を送っていたため、当然テスト期間の負担は普通に講義に出ている友達より大きく、毎期、テスト期間には人一倍勉強しなければなりませんでした。
当然多少の仮眠はとるのですが、テスト期間の一週間ほどは、テストは一夜漬けで受験し、寝ずにそのまま次の日のテスト勉強を開始する、といった感じの生活サイクルで過ごしていたのを覚えています。

その日も10時少し前に図書館を出ました。
連日の睡眠不足もたたり、もうすでにへとへとなのですが、明日のテストのために、そこから帰宅して、さらに家のほうでも勉強しなければなりません。
「ああ疲れた。コンビニ晩飯でも買って帰るかな」などと考えながら歩いていました。
私の下宿は大学から徒歩15分ほどのところにあり、毎日歩いて通っていました。
大学と私の下宿との間は、一帯に住宅街や学生アパートなどがあり、夜はとても静かです。
大体は決まったルートを歩いて帰るのですが、その時の気分次第で脇道に逸れてみたり、細い通りに入ると、初めて見るような道に出ることも珍しくありませんでした。
そのときはテスト勉強で疲れていたこともあり、少し夜風に当たりたいという気持ちもあったので、全然見たことのない横道に入ってみることにしました。
もちろんそこまで深く考えていたわけではありません。
ただなんとなく、「ひょっとすると若干遠回りになるかもしれないけど、まあたまにはいいや、ちょっとこっちに行ってみよう」くらいの感覚だったと思います。
とくに周りに注意するわけでもなく、見知らぬ道をうつむき加減にぼーっと歩いていました。
歩道の右側には古いフェンスが続いており、フェンスの向こうは民家の裏手になっています。
そして左側には、私の肩の高さくらいまでの、これまた古い石塀が続いていました。
道の幅は軽自動車がぎりぎりですれ違える程度、ところどこにある街灯が弱々しく道を照らしていますが、かなり暗く、心細い雰囲気でした。

すると急に、背筋が急に寒くなるような感覚がありました。
まるで何か、急にクーラーの効いた部屋に入ったかのように、周囲の空気感ががらりと変わったのを感じたのです。
そのときは「怖い」というよりもむしろ、「ん?なんだろう、なんか変だな」という感じでした。
得も言われぬ違和感に、私は歩みを止め、改めて周りを見回してみました。
ぐるりと見回して、改めて異様な寒気を感じました。
ただの石垣だと思っていたその向こう、そこは一面の墓地だったのです。
私は一瞬、そこに釘付けになったように立ちすくんでしまいました。
違和感の正体が墓地だと分かったからではありません。
石垣の向こう、墓地の真ん中、墓石に囲まれるようにして、誰か立っているのです。

そしてその男、暗くてはっきりとは見えなかったので、背格好からおそらく男だと思うのですが、その男は、直立不動でこちらをじっと見つめています。
目は穴のように黒く、しかも、目をこらして見てから気づいたのですが、その男は丸坊主、さらに教科書で見た戦時中の日本兵のような、軍服を着ているのです。
「目が合った」と思った瞬間、その軍服の男はこちらを無表情に見つめたままわずかに首をかしげ、ゆっくりと、口を思い切り目一杯開いていきました。
顎が外れているのではないかと思われるほど、その口は大きく開き、今にも叫び声か何か、大きな声をあげ始めるのでは、と直感的に感じました。
私はここで初めて、弾かれたように動き出し、猛ダッシュでそこから離れました。
あまりの恐怖に無我夢中に走ったのを覚えています。

しばらく行くとすぐ見覚えのある道に出たので、すぐ近くのコンビニに入り、そこで立ち読みをするふりなどをしたりして、無駄に時間を潰しました。
今見たのもは何だったのか、冷や汗をかきながら年甲斐もなく震えていました。

これが私のした体験のすべてです。
それからとくになにかあったというわけでもなく、また明るい昼間にその道の近くまで行ったこともその後あるのですが、ただのよくある墓地、別段これと言って変わったところは見受けられませんでした。

私は心霊やオカルトの類を信じていません。
そのときも連日のテスト勉強で疲れていたのか、暗い墓地というロケーションが私に幻覚のようなものを見せたのか、あるいはただの頭のおかしな人のようなものか、今もって原因は不明ですが、
あのときの経験、目と口との3つの真っ黒い穴のイメージは、確かに私の記憶にはっきりと残っています。
ひょっとすると、そいう「おばけ」みたいなものが、私たちの周りにもいるのかもしれないと、今では思っています。

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