これはテレビの制作現場で働く私が、まだアシスタントディレクターだった頃の話。
当時担当していた番組は、大御所お笑い芸人が40名ほどの芸能人をゲストに迎えトークを繰り広げるバラエティ特番。
この番組に携わった私に与えられた仕事は、ゲストのデビュー当時の面白い映像を探し出す事。芸能人達の初々しい姿をみて楽しむと言う1コーナーに使われるのです。
膨大な映像資料から探す為、特番収録の3ヶ月前から毎日テレビ局に通っていました。
そんなある日、いつも通り出社するとテレビ局の前は、異様な空気。パトカーと救急車が数台止まり、人の往来が激しかったのです。
何が起こったのか気になるものの、自分の仕事をしなければ先輩ADに怒られてしまうので、足早にテレビ局の中に入りました。
しかし廊下を歩いていると気になる言葉の断片が耳に引っかかってくるのです。
「……さつしたらしいよ」
「……イを使って」
「スタジオ近くの……で?」
いつの間にか、私は聞いた言葉の断片からかき集めた情報でテレビ局の中にある収録スタジオへ向かっていました。
すると、スタジオからすぐ近くのトイレの前に警備員が立ち中に入れない状況になっていたのです。
しかし何も聞いてはいけないような気がして立ち去ろうとした時、すれ違う人が話していた内容がはっきり聞こえました。
「トイレでアナウンサーが自殺したらしいよ」
何となく誰かが自殺したのだろうと言うことはわかっていたのですが、はっきり言葉にされたこの瞬間、背筋がゾッとしました。
“いつも働いている現場で誰かが死ぬ”
どうして自殺を選んだのか?
自分が憧れたテレビの現場は死にたくなるほど辛いことがあるのか?
いつか自分もそういう気持ちになる日が来るのか?
得体の知れない恐怖がねっとりとしつこく体に絡みついてきたのです。
しばらくしてこのトイレにはいくつか妙な噂が囁かれるようになりました。
「あのトイレを使うとすすり泣く声が聞こえる」
「使っていると急に電気が消える」
しかし私が本当の怖さを知ったのは、事件からしばらく経ったある日のこと。
たまたまトイレの近くを歩いている時にある異変に気付いたのです。
“トイレが無くなっている”
いえ、無くなっていると言う表現は少し違うかも知れません。
トイレの扉の前に横の壁とまったく同じ色の板が張られ、もともと”そこ”には何もなかったかのようになっていたのです。
人が1人亡くなった場所が消され、また、いつもの日常に戻る瞬間を見た私は何とも言えない恐怖を覚えました。
いまは職場を変え、まだテレビの仕事を続けている私ですが、ふと思うのです。
1枚の板で世間と隔離されたあの空間は、今もひっそりとそのままあり続けているのでしょうか?
