黒い男とマッチョな先輩

 私が農業大学校に入学した年の事です。

 学科問わず仲良くなった人達で親睦を深める為に飲み会をする事になりました。
 肉類は私達養豚科と肉牛科が準備し、野菜科は野菜を、デザートに果樹科がマンゴー等の果物をそれぞれ持ち寄って他の人の迷惑にならないよう、寮から一番遠い養豚場の敷地でBBQをやりました。
 皆程よく出来上がって、いつものように養豚科と肉牛科が軽く口論したりしていた時の事です。
『おーーーい』
 丁度、寮と養豚場の中間程にある駐車場の方から声が聞こえました。皆一斉にそっちを向き、何人かがそれに反応して手を振ったり、また何人かが怪訝そうにその手を振る相手を見ていました。
 駐車場から声をかけて来た相手は、暗いからなのか影のように真っ黒で、手にビニール袋のような物を下げて養豚場の方に向かってゆっくりと降りてきました。
「誰だあれ?」
「さぁ?どっかで飲み会の噂聞いて参加したいんじゃない?」
 なんて私達が話していると野菜科のAくんが「なんで真っ黒なんだ?」 と言いました。
「そらお前、夜だからだろ」と私が返すとさらにAくんは「じゃあ、なんであいつの持ってるビニール袋ははっきり分かるんだ?そもそも駐車場は22時までは外灯で暗くないだろ」 と返してきました。
 皆黙り込み、駐車場から降りてくる男をジッと観察しました。
 駐車場はAくんの言うように下からでも分かるほど明るく、男はその灯りに照らされて尚、影のように黒く……。

「いいか? みんなアイツには反応するなよ。なんかヤバい気がする」
 Aくんのその言葉に皆黙って頷きました。
 五分程かけて駐車場から降りてきた男は、ビニール袋を差し入れだと言って置き、誰にでもなく陽気に喋りかけていました。
 私達はそれらの一切を無視して黙り込み、早く去ってくれと願うのみでした。
 そんな時、私の右側、場所としては研究生が使用する研究センターがある方向から「オラァ! おめぇまた来たのか!!」と凄い怒声が聞こえました。
(次はなんだよ……勘弁してくれよ!)と思って横目でそちらを見てみると、果樹科の研究生のゴリラみたいな先輩が凄い剣幕でこちらに走ってきていました。
 慌てたのは私でも他の学生でもなく黒い男でした。
 駐車場から降りてくる時のスピードとは段違いの速さで逃げていきました。

 私達がホッとして各々泣き出したり放心したりしていると、先輩が駆け寄ってきて「おい、泣いてないであいつ探すぞ」 と言ってきました。
 みんなで勘弁してくださいと泣きついて何とか先輩も矛を収めてくれましたが、先輩は寮に戻るまでずっと不服そうな顔をしていました。
 部屋に戻る前に先輩に「あれは何なんですか?」と聞いてみると「知らん。でも俺が学生の時に論文用に収穫していた苺を全部食いやがった。今度見かけたら俺のとこまで連れてこい」と言って自分の部屋に戻っていきました。
 それから卒業するまであいつとは出くわしてませんが、後々他の先輩方にも聞いてみると農場なんかではそういうことは度々あるそうです。
 そんなことを気にするくらいなら明日の天気でも気にしとけと言われました。

朗読: 朗読やちか
朗読: かすみみたまの現世幻談チャンネル

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