ふみきり

これは、俺が幼稚園の年長児だった頃の話。

ある日、俺と母ちゃん、弟、従兄弟の兄ちゃんと姉ちゃんの5人でホームセンターに行くことになった。
確か、2階に上がる階段のゲートを直すための材料を買ったり、お昼時だったこともあってそのままどこかで外食してこようってなったんだったと思う。
俺はチャイルドシートに乗った弟をみるために、後部座席の真ん中に乗ったのだが、従兄弟が二人とも弟に会うのが久しぶりだったので、近くにいたいという要望もあり、俺は結局助手席に乗ることになってしまった。
今思うと、なんであの時に泣き喚いてでも後ろに乗らなかったんだろうと後悔してる。
母がエンジンをかけようとしたときだ。
いつもはすんなりかかるエンジンが全然かからなかった。
何度もキーを回したが、かからない。
「お父さんを呼んでくる」そう言って母は車を出た。

「ねぇ、ゆうじ(俺の仮名)。たくと(弟の仮名)今こっち見て笑ったよ!」
従兄弟の姉ちゃんは、弟と後部座席で遊んでいたのを覚えてる。
幼かった俺には、赤ちゃんの弟の面倒を見ることがお兄ちゃんっぽくて好きだったからか、その発言には少しイラッとしたが、当時夢中になっていたウルトラマンのCDのパッケージを見ながら無視していた。
しばらくすると父がやってきて車の様子を見始めた。
「特におかしいところはないけどな……。もう一回かけてみろよ」
「さっきから何度もやってんだけど、うんともすんともいわないんだよね……」
父と母は車の様子を見ながら話をしていた。
どうやら機械的なトラブルでは無いようだった。
ならどうして? その場にいたみんながそう思っていた。

結局、車の業者を呼ぼうと父が電話をかけ始め、母はもう一回やってみるとキーを回してみる。
すると、キュルキュルキュルキュル! っと、何事もなかったかのようにエンジンがかかった。
「なんだよかかるじゃねぇか」
「さっきまでは全然だったんだよ」
軽く言い合いをしたあとで、そのままホームセンターに向かうことになった。
一応父からは、またいつエンジンが止まるかわからないから気を付けるようにとだけ言われた。

ホームセンターまでの道にはふみきりがある。
当時幼かった俺は、電車が大好きでふみきりを通る度に電車が来ないかワクワクしていた。
しかし数日間ふみきりを通ることもなかったため、この日久しぶりにふみきりを目の前にして、俺は興奮していた。
遮断器が下がってくる。
(きた!) 俺は心の中で喜んだ。
だが顔にはすっかり出ていたようで、母にはそんなに嬉しいの?と笑われてしまった。
カンカンカンカン ふみきりの音が響く。

しばらくすると、待ちに待った電車が通過した。
電車が通過する大きな音が、車内には確かに響いていた。
俺は思わず口に出した。
「うわぁ、久しぶりに電車みたぁ!」
ところが、後部座席に乗る従兄弟からとんでもない言葉をかけられた。
「なに言ってんの? まだ電車来てないでしょ?」
「え?」
いや、確かに電車は通っていた。あの音が聞こえないのはおかしい。そう思った。
現に目の前で電車は通っている。轟音を響かせ、確かにふみきりを通過していた。
(なんで? みんなには見えてないの?)
そう思った瞬間だ。

電車の中に一人だけ、窓にベッタリと張り付いてこちらを睨んでいる女が見えた。
他の人は下を向いたり、それこそ向かい合って座っているので、こちらを見ることはない。
だが、一人だけ 確かにこちらを睨んで、窓に張り付いている女がいた。
電車が通過するほんの一瞬ではあったが、あれは忘れられない。
青白い顔、長い髪は振り乱したようにボサボサ。
目はこぼれ落ちそうなくらいに見開いてこちらを見ていた。

電車が通り過ぎ、ほんの数秒後にもう一本電車が通過した。
「ほら、今来たじゃん! 良かったな」
従兄弟はそう言っていたが、俺はさっきの女が衝撃的過ぎて本物の電車に興奮することはなかった。

それから数年後。
あの電車が関係しているかは分からないが、我が家で立て続けに不幸が起こるようになった。
両親の離婚、従兄弟の家族の離婚、母の実家の会社の倒産、祖母の死。
まだまだある。 父はストーカーとなり、俺達をつきまとうようになった。
小学校四年生頃から、見つかりそうになったら引っ越しするのを繰り返している。
今は落ち着いているが、最近また不幸が起こり始めた。
俺が始めた社会人サークルが、あらぬ不祥事をでっち上げられ、イベント参加ができなくなったりしている。

今でも時々思うことがある。
あの女は、今でも俺たちをあの青白い顔で、髪を振り乱しながら、見開いた不気味な目で俺たちを見つめているんじゃないかと。
あれから俺は、ふみきりで遮断器が降りてきた時は絶対に目を開けない。
もし開けてしまったら、あの女があの顔で俺を見つめてきそうで。
カンカンカンカン
あの音がなっている間は、自分が運転していても前を見ることができない。
1つ思うのは、あの時ふみきりの真ん中でエンジンが止まらなくて良かったってことだ。
どうしてエンジンがかからなかったのかは分からないが、あの時点で俺たちは出かけるべきではなかったんだろう。

誰かが止めてくれたのに、俺たちは無視してあのふみきりを通ってしまったんだろうなって思う。
明日もまた、ふみきりを通るルートで出勤しなければいけない……

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