ションベン坂

日本の真ん中ら辺の田舎に祖父母が住んでいました。
盆暮れ正月は親戚が集まり、子供は従妹同士で怪談を語るのが好きでした。
地元の従弟は二人で他は私を含め東京や神奈川の者で、久しぶりに会うと田舎の独特の雰囲気もあり、いつも怪談大会になってしまうのでした。
まだ早い時間ですが部屋を暗くして5人ほどで怪談を語っていたらバアチャンが来て
「おめーら真っ暗にして何やってるだ? え?怪談? じゃあバアチャンも話してやろう」 と言って祖母が語った話は、近所にションベン坂というものがあり、その坂を通ると馬も女性もみんなオシッコをしたくなるというものでした。
馬は昔の農耕馬のことだと思います。

じゃあみんなで行ってみようか、と行ってみたけど別にモヨオさなく、つまんないのー、って言って祖父母の家に帰ったらたら私の母が 「ションベン坂に行ったの? もっと怖いところがあるよ」 と教えてくれました。
それは簡単な道のりで母はおばけ屋敷だと言いましたが今考えたらただの廃墟でした。
ただ思ったよりずっと歩きました。
母の話だと舗装された道路から獣道がありすぐにおばけ屋敷があるとのことだったのですが獣道に入ってから歩けど歩けど林で建物などありません。

当時一番年長なのは小学校5年生の従妹で私ともう一人が4年生、3年生の弟と2年生の従弟、一番年下は私の妹で1年生だったと思います。
妹が 「やだな~、怖いな~、もう帰ろうよ~」 と稲川淳二みたいなことを言いましたが男の子達はせっかくここまで来たんだからもうちょっと頑張ろうよ!と私達は歩み続けました。
そして廃墟に辿り着いたのですが、まあ普通に不気味な生活感の残る廃墟でした。
男の子は中に侵入したり屋根に上ったりしましたが年長の従妹が危ないし暗くなってきたからもう帰ろう、って言って弟も従妹の言うことはすんなり聞いて帰ることにしました。
帰りはあれ?もう舗装された道路に出た!早いね!一本道で迷うこともなかったのに何か早いね、ってみんなで言っていたら妹が 「おしっこしたい・・・」 って言い出しました。
そしたら男の子もオレも、オレも、って言い出しました。
男の子はそこら辺でやりましたが妹はそういうわけにいかず、私も言わなかったけどオシッコしたかったです。
年長の従妹が妹をおんぶしてくれて急いで祖父母の家に帰りました
もうすっかり暗くなっていました。
妹がトイレに行き、私も次に。

従妹も年長だから我慢してくれたのか分かりませんが行きました。
ションベン坂の話は夜だけ効力があるのかなあなんてぼんやり思ってたら祖父母が 「おめーたち、こんな時間まで何やってただ!危ないじゃないか」 と怒ったので素直に 「ママが近所におばけ屋敷があるって言うから行ってみたら遠かった」 と私が白状した。
そしたら 「なんでそんなつまらないことを子供達に教えたのか!」 と母が祖父母に怒られたのでザマア、と思った。
でも祖父母と母は 「けどあんなに近所なのになんでこんな時間になったんだろう・・・」 と顔を見合わせていた。
多分だけど14時頃に家を出てションベン坂を通って廃墟に行き、帰ったらもう18時頃だった。

それから20年程経ち、夫を紹介しに久々に田舎へ行った。
祖父はもう他界し、祖母ももう寝た切りに近い状態だった。
暇だったのであの廃墟でも行ってみようか!と行ってみたらまず獣道がない。
そのかわり当時気付かなかっただけかもしれないけど小さな祠があり、御柱が立っている。
御柱っていうのは祠などにたいして四方に柱を立てるのである程度開けた場所のはず。
小学生だったらから気付かなかったのか、不思議だなあ、と獣道があった方向に藪を進んでみたら崖まではいかないけど割と急な沢だった。
小学生の時はそんなに登ったり降りた記憶もなく沢がすぐ下を流れているのに橋もトンネルもなかった。
平坦な獣道を延々と歩いた記憶。
小学生の時に歩いたあの獣道はなんだったんだろうと思った。
小学校1年の妹の速度に合わせたから行きは遠く感じたのかも・・・なんて昔は思ったけど地形的に無理だし、祖父母と母があんなに近くなのに・・・って顔を見合わせていたことを考えるとその祠の位置くらいに廃墟があったのかなあとも思った。

いくらノンビリ歩いても祖父母の家からその祠の場所までは20分もかからないのに。
オチも何もなくてすみません。

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