ドアスコープ

数年前、私が上京して半年が経った頃のお話です。

当時、周囲の土地勘も付き、生活にも慣れてきましたが、気がかりだったのは、いまだ隣人に会った事がない点でした。
時間をずらして何度か挨拶におもむきましたが、毎回留守。

大家さんから「普通のOLさんだから安心して」とは言われていますし、

都会は隣人関係にドライというイメージはありましたが、

田舎育ちの私にとって「村上」という苗字以外、隣人の顔さえ知らないのは何となく切なく、そして怖いものでした。

そんなある夜、隣の玄関が開く音が聴こえました。
位置的に私の部屋の前を通らないとエレベーターも階段も利用できません。
慌てて布団から飛び起き、

物音をたてぬよう極力静かな動作で玄関まで来ると、そっと除き穴に目を近づけました。
廊下に響くハイヒールの反響音。
黒いコートを羽織った女性が、前を通過していくのが見えます。
よかった…普通のお姉さんだ…綺麗な人だなぁ…。

次の瞬間、ハイヒールの音が止まりました。
凄い勢いでこちらに振り向くお姉さん。
鬼の形相。

「何見てんだよ!!!!」

廊下中に響いた彼女の怒声に、私は驚きの余り、腰を抜かして尻もちをついてしまいました。

目立つ音は立てていないはず。
なぜ気が付かれたのか。

大家さんにその件を話しても口少なに「普通の女性だから大丈夫」の一辺倒。
結局、それから数年後に引っ越すまで、

隣人を見かけなかったばかりか、生活音さえ聞く事はありませんでした。

あの出来事は一体、何だったのでしょうか。

朗読: 繭狐の怖い話部屋
朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる