高速道路

これは私が実際に経験した不思議な出来事です。
数年前、私は関東地方でバスガイドとして働いていました。

当時の私はバスガイド3年目。
仕事にも慣れ、バス1台でお客様を乗せての観光業務を任せていただく事が増えていました。

ある日 東北地方への1泊2日の乗務が決まり、Yさんという運転士さんと一緒にバス1台での仕事を任されました。

癖のある運転士さんが多い職場でしたが、Yさんは50代後半のベテランで私も何度か一緒にお仕事をさせていただきました。案内物の前を丁寧に徐行して走ってくれたり的確な指示を出してくれたり…
とても親しみやすく、仕事がやりやすかった事を覚えています。

また、私は霊感などはありませんが、Yさんは霊感が非常に強い方で、人のオーラを見たり誰かに憑いてしまった霊を自分にとり憑かせ、持ち帰って除霊する。ということもやっている。と、Yさんに関する噂で聞いていました。

乗務当日、関東地方某所でお客様を乗せて高速道路を東北方面に向けて走りました。私はいつも通り仕事をこなし、何事もなく1日目を終えました。翌日も宿泊先のホテルを出発後観光地を巡り、行きにも通った高速道路にのって帰ることになりました。

初日の出発地点に無事お客様を降ろし、バスの中の忘れ物を確認しました。そして同行してくれていた旅行会社の添乗員さんに忘れ物が無かったことを伝えてバスの営業所へ向かう帰りの回送になります。

帰りは走行中のバスの中で掃除をしたりするので、Yさんに一言断りを入れてからバスの中に残されたゴミを片付けたり倒されたリクライニングを直したり、座席をタオルで払って営業所に着いてからスムーズに掃除ができるようにします。

立って移動しながらの作業を終えると運転士さんに、「安全運転ありがとうございました」と告げて座席に戻るのですが、バスガイドが座る席はバス入口側の1番前の席で、そこから運転士さんの死角になるバスの左側を見て左折する時は「左オーライです」と声をかけます。

1年目2年目は私もそうしていましたが、3年目にもなると親しい運転士さんも数人出来てくるので、その時は運転士さんのすぐ隣。いつもは車内の通路になっている部分にある収納された座席を出して、そこに座って話し相手になったり、なってもらったりしていました。

私にとってはYさんも親しい運転士さんの1人だったので
「お隣失礼します」
と言って隣に座らせてもらいました。
しかし、ここからだと私からも左側が見えないので左折の時は立ち上がり、バスの入口であるステップ部分に立って左側の確認をします。

お客様を降ろした時刻は18時頃でした。辺りも暗くなっていて、バスの車内に明かりが付いていると正面のフロントガラスに後ろの座席ばかりが映って見えるので、外が暗くなってからの回送のバスは明かりを消している事が多いと思います。Yさんも私に「明かりを消すよ」と声をかけてから車内の明かりを消して走行しました。

Yさんにコーヒーをいれて隣に座ると「明日は仕事?」と聞かれました。「はい。明日は5時出勤で静岡方面です」「じゃあ今日は高速のって帰るか」帰りの回送では料金が発生する高速道路を使うことはあまり無く一般道路で帰るのですが、基本的に運転士さんの判断なので、その日は高速道路にのって目的地である営業所の最寄りのインターチェンジに向かうことになりました。

暗くなったバスの中では同期のガイドの話や恋の話、先日行ってきた仕事先での話などを話をしながら高速道路を走るバスに揺られていました。その時、突然プツンと切れたようにYさんとの会話が止まりました。今思えば自然な流れで会話が止まったのですが、お互いに無言というよりは、突然の沈黙。という感じでした。

Yさんを横目で見ると真っ直ぐ前を向いて運転していました。私も目線をバスの進行方向に向けました。

その時バスは走行車線を走っていて、私たちの右斜め前には追い越し車線を大型トラックが走っていました。

すると、トラックの真横。つまり私たちが乗っているバスの目の前に白いモヤのようなものが見えました。 そんなに大きなもではなく、軽自動車1台分ほどでした。ふわふわと漂うモヤの中央部分が濃い白色で、外側になるに連れて徐々に色が薄くなっているようでした。 始めは、前を走るトラックの排気ガスか何かだろうと思っていましたが、そのモヤは徐々に形を変えて、細長いドーナツ状になり、その円の真ん中に男の子が見えました。

モヤが徐々に薄れていくと同時に男の子の姿がハッキリ見えました。

丸刈りで、あちこち茶色く汚れたような白色のTシャツを着ていて半ズボンを履いていました。その半ズボンも白っぽかったと思いますが汚れてTシャツよりも黒ずんでいたように見えました。

その男の子は私たちのバスの斜め前の追い越し車線を走るトラックと、まるで並走するかのように並んで走っていました。

走っている。 という表現は間違っているかも知れませんが、男の子の体は宙に浮いていて、手足がゆっくり動いているんです。でもスピードは高速道路を走る車と同じで、トラックの横をずっと走っていました。

この時、本当に不思議なんですが、男の子の真後ろを走るバスに乗っている私からは男の子の後ろ姿しか見えないはずなのに、私の頭の中には同時に2つの視点がありました。

ひとつは私が今いるバスから男の子の後ろ姿を見ている視点。
もうひとつは、私が男の子の真横にいて、男の子越しにトラックが見える視点です。

とてもゆっくり時間だけが流れていく感覚で、車の走行音も耳に入ってきませんでした。頭の中ではずっとその2つの映像が重なって繰り返すように流れていて目を回したような気持ち悪さがありました。

突然ジャラっという音が聞こえて、椅子に座ったままの私の膝の上に数珠が置かれました。それはYさんが普段から身につけているものでした。
1度視線を膝の上の数珠に落とし、ハッとして前を見ると男の子の姿は無くなっていました。バスの走行音も聞こえていて、いつもの回送の状態に戻りました。

「それを左の手首にはめて、後ろの席に横になって休んでいなさい」というYさんの言葉通りに数珠を左の手首につけて、さっき見たのは何なのか、そもそも私の見間違いかと思い「あの…今、何かバスの前にいましたか?」と、恐る恐る聞いてみると

Yさんは一呼吸して「…やっぱり○○さんにも見えてしまったんだね」と、私の名前を言いました。
「たまにあるんですよ。僕の近くにいると見えてしまう事が。驚いたでしょう?でも大丈夫。営業所に着いたら教えるから、横になっていなさい」 いつもと変わらない穏やかな口調でそういうと、Yさんはそのまま真っ直ぐ前を見てバスを走らせていました。

それから私はYさんに言われた通り後ろの座席に移動し、座席に横になりました。リクライニングを倒して横になろうかと思いましたが、そうすると前が見えてしまうので体を縮めて座席2つ分のスペースにまるまるような形で横になりました。

横になると同時に涙が出ました。
悲しくもないのに涙が出ていて、まるで夢の中で悲しい経験をして、そのまま朝を迎えて目が覚めた時に目から流れ出ていた涙のような感覚でした。

しばらくして私は車内で眠ってしまい、営業所に着いたところでYさんに起こされました。
回送中とはいえ仕事中に寝てしまった事に自分でも驚き、すみませんすみませんと繰り返し頭を下げる私に

「2日間お疲れ様。明日の乗務の為にも早めに休みなさい」
Yさんはそう言って私の左手からそっと数珠を取り外して、私の左肩をトンっと叩いてそのまま帰ってしまいました。

私はバスの清掃を終えて事務所で乗務の報告を済ませ、そのまま自宅に戻りました。
私が見たあの男の子は何なのか、私が見た2つの視点は私の心か何かが男の子の横に移動して見せたのか。それともその場所にいた誰かの意識が私に見せたものなのか。それともそれ以外の何かなのか…

結局何も分かりませんでした。

その後私にもYさんにも何も無く、無事に過ごしています。

私はあの後しばらくして家の事情で仕事を辞めてしまいましたが、Yさんの話は同期から聞いていました。そしてその時同期に聞いたのがYさんは人の不幸を受け取っているという話でした。
どういうこと?と聞いてみると、Yさんは誰かに悪いことが起こると肩を叩いてその人から不幸を取り除き自分が持ち帰るんだそうです。憑いてしまった霊を持ち帰えって除霊するという話は冒頭に話した通り聞いていましたが肩を叩くということはこの時初めて知りました。

男の子を見たあの時、Yさんは私の肩を叩いて帰っていきました。
私に何か憑いていたのか。それともたまたま お疲れ様という意味で肩に触れただけなのか。それは怖くて聞けずにいるままです。

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