ぼくのいるところ

人の心とは目に見えぬものです。
ですが、確かに存在します。
どこに? 身体の内側でしょうか?
私もそう思いますが、果たして本当にそうでしょうか?

実は、外側に存在しているものを、感じ取っているだけなのではないでしょうか? ほんとのところは誰にもわからないのです。
なにせ……。
目に見えないものなのですから……。

4月のある朝。
久美子は長い間同棲していた彼氏、隆史の夢を見た。
彼は先月自殺した。
隆史は二人の住むマンションとは別に小さな事務所を持ち、仕事も順調で、 仲むつまじく暮らしていた。

そんな二人だったが、あるとき魔が差したようにお互いの気持ちがすれ違ってしまい、久美子が二人の住んでいたマンションを出てしまった。
それから暫くして。
唐突に、久美子の携帯に隆史からのメールが届いた。
内容は。

『お前のことを今でも愛し続けている』
だった。

彼は、その日のうちに自分の事務所で首を吊った。
遺書らしいものは無かったらしい。

そんな彼の夢を見た。
久美子は、夢の中では隆史が死んだと言う認識が無く、 別居中の時間の延長と言う感覚だった。
夢は道で偶然に彼と出くわすところから始まった。
隆史  「よう、元気にしてるか」
久美子 「何とぼけたこと言ってんのよ。あんたこそ元気してるの?」
隆史  「ああ、オレか?うん。オレは元気なんだけど」
久美子 「? 何よ?」
隆史  「ああ、オレのいるところは、サクラが咲いてるんだ」

久美子はそこで目を覚まし、 切なくなって、暫くそのまま泣いた。
やがて、ベッドから夢酔いした足取りで、キッチンへ向かう。
グラスにタップリと水を注ぎ、一気に半分ほどを飲み干した。

ふと、 壁にかけてあるカレンダーが、3月のままになっているのに気づく。
自分の時間が、このカレンダーと共に止まっているような気がした。
久美子は、カレンダーに手を掛けると、ゆっくりと剥がしていった。
このカレンダーと共に、自分のわだかまりを捨てようというように。
やがて、 新しい4月のカレンダーが現れたとき、久美子は思わず叫んでいた。

壁にかけられたカレンダーの絵柄。
それは、満開のサクラの写真だったのだ。

「ここにいるんだ……」

久美子はそう思うと、また涙が溢れてきた。

「隆史はここにいるんだ!」

人の心とはどこにあるのでしょう?
生前人を愛した心は死後どうなってしまうのでしょう?
人の心があるのは身体の内側? 外側?
固定されているのでしょうか?
それとも……。
漂っているのでしょうか……。

朗読: 朗読やちか

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