出会った女

30代のころ、フリーライターをしていた。
地方だから受ける仕事のジャンルもまあバラバラ。
本業であった文芸・演劇評論なんて仕事はありゃしない。

仕方なく、リクルーティング関係から学校広報、地元経済関係、政治関係、挙句の果ては料理本のゴーストライターをやったり、占いコーナーの連載まで引き受けていた。
まあそのおかげで、売れっ子と言ってもらえるほど仕事には困らなかったが、気が付きゃ取材だ打ち合わせだでやたら車の走行距離が増えた。

新車を買って3年で15万キロなんてこともあった。
これはそんな時代の、ちょっと怖く、今でもにやけてしまう話である。


あれは夏の深夜、たまたまテレビ関係の仕事をしている友人から脚本の依頼があり、打ち合わせを終えたのは午前2時半。

さすがに疲労困憊で車を走らせていた。
やたらに蒸し暑い、エアコンも効きゃしない。
と思っていたらいきなり空気が変わった。

ふと気が付けば、車は地元でも有名な霊園の横に差し掛かっていた。
前を見れば信号は赤、仕方なく停止し、大きく肩で息をした。
すると???
車内から不思議な感覚、タバコ臭い車内が香しい香水が漂ってきたのである。

まあしょっちゅう、霊の類には遭遇する体質だったから、
ああまた乗せちまったか、と思い、助手席を見ると案の定、いた。

年のころは40ちょい過ぎか、ブランドはよくわからんが見るからに高級そうなドレスとバックに身を固めた女がほほ笑んでいた。
女優で言えば江波杏子によく似た相当な美人。
ただ不思議なことに幽霊にしては質感がありすぎる。

まあ美人だし、表情も柔らかく敵意がない。
しばらくドライブしようかと思って青信号を待って発車したところで
「また今度」と嫣然と微笑んで彼女は消えた。

それから数週間後、そんな出来事も忘れかけたころだった。
ある得意先のパーティにお義理で出席した。
私は酒が飲めないため、こういう席が一番苦手だった。

まあ挨拶だけ済ませたらさっさと退散しようと思っていたら、ハスキーな色っぽい声が耳もとでささやいてきた。
「あ、あの時の」となぜか瞬時に思い出した。

また今度、とささやいた声である。
振り向いたらまさしく彼女がいた。

「私、近々出会う人のところに行っちゃう癖があるのよ」
聞けば彼女の自宅は、あの墓地周辺に広がる高級住宅街。

あの時、あなたが通りかかったときに自然に意識が反応したみたい…と不思議なことを言う。それを縁に、私たちは深いおつきあいをするようになった。

後で知ったことだが、彼女は知る人ぞ知るやり手の投資家だった。
もともとは離婚の慰謝料を元手に始めた株・不動産投資であっという間に大もうけしたらしい。

でいったい、どうしてそんな短期間に大もうけしたか、というと、離婚直後から、近々出会うのところに先に行ってしまう、その人間は必ず自分にとって利益をもたらす存在だ、ということに気付いたという。

しかし私は単なる三文文士、そんな儲け話などあるわけもない。
そこで彼女に聞いてみた。
俺なんかと付き合っていてメリットはあるのか、年齢も一回り近く離れている。

すると彼女曰く
「あなたにはお金の匂いがしない、稼いでもみんな人のために使ってしまう、好きな分野の研究に没頭してしまう」という。

そうした私の性格が、
「付き合っているに回りまわって財をもたらしてくれる」と。
確かにその通りだった。

彼女とは半年余り付き合ったが、その間にも彼女はマンションのオーナーになった。一方で私は、忙しい毎日に疲弊してきていた。
確かに言われた通り、稼いだ金も友人や後輩たちのために用立ててやったりで本当に驚くほど手元に残らなかった。

彼女が別れを切り出したのも、
そんな私に見切りをつけたのかどうかわからない。

「これ以上、私といると全部吸い取られちゃうわよ。あなたもうすうす感じてるんでしょう?」

正直、未練はたっぷりだった。
三文文士じゃ味わえない贅沢も味合わせてもらった。
大人の女の魅力も存分に知った。
でも限界だった。

それから彼女は、忽然と姿を消した。
風のうわさでは、海外に居を移し、現地で実業家として辣腕をふるっているようだ。

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