高速道路の生霊…私は救われた

もう30年近くも昔の話。

フリーライターだった俺は、その日も取材取材で追い回され、高速道路をかれこれ乗り継ぎ乗り継ぎで10時間以上も走り回っていた。
そして岐路に差し掛かった時は、もう深夜12時を過ぎていたと思う。

場所は静岡から愛知県に入ったところ。
結構なカーブがあると思えば、突然単調な直線が続く感じで、
事故件数も多い場所だった。

愛車はいわゆるドッカンターボと揶揄された車種、踏み込みは重たいがある回転数まで行くと爆発的なパワーを発生するじゃじゃ馬だ。

完全に交通違反ではあるが、私は追い越し車線を120㎞でずっと走行し続けていた。トラックの邪魔にもならず、あおることもないようにだけはいつも意識していたからだ。

その時である、急激に何か違和感に襲われた。
普通ならこの時間、トラックの運行が途切れることもないし、道がすいている、という感じは全くない場所なのに、周囲は静まり返っている。

他車の走行音もなければライトも見えない。

妙だ、と思っているうちに何か回りが黒っぽい靄に急に包まれた。
そして本能的にアクセルを緩めたつもりが全く逆のことおきた。
ターボが急にさく裂したのだ。
一気にスピードは150㎞を超えていた。
ここでブレーキを踏んだら運が良くてスピン、側壁激突だ。

次の瞬間。
車体がまさに水平に飛ばされる感じで左に持っていかれた。
風のせいでもない、何かを踏んだ接触した感じもない。
まさに空中を飛ばされた、という感じである。

何とか走行車線ぎりぎりに踏みとどまったものの、今度はハンドルが動かない。
アクセルから足が離れない。
焦る私の前に突然、靄の中から真っ白い何かが姿を現した。

人間の手だ、しかも何本も何本も…。
その手は車体をガードレール側に押し付けようとしている。
ああもうだめだ、と私は瞬時にそう思った。
車は走行車線を越えて路肩に入っていく。
後は崖下に一直線だ。

その時である、突然耳もとで「死ぬな!」という女性の叫び声が聞こえた。
そして目前に、ピンクのヘルメットをかぶった女性ライダーの姿が見えた。

見覚えのある姿…。
そのころ、私が心から愛し、また姉のように慕っていた女優の姿だった。

咄嗟に私はイチかバチか急ブレーキを踏んだ。
嫌な音がしてタイヤがきしむ。
ガードレールが目に入る。
しかしなぜだが私は助かる、と直感した。

車はブレーキの反動で大きく揺れながら停止した。
ハザードを焚いて、車から降りて左側を見た。
ガードレールまで指一本の隙間しかなかった。
その時急に、周りのモヤも晴れ、巨大なトラックが次々走り去っていった。
いつもの高速の風景である。

逆に止まっているのが危険だ。
私は次のサービスエリアまで80㎞で巡行した。


翌日、彼女に劇団のけいこ場であった。
途端に「バカヤロー!」と怒鳴られ痛烈なびんたを食らった。
「仕事と命、どっちが大事だ!それよりも、それよりも私を残して自分が先に逝くつもりだったのか」
…彼女は泣きじゃくっていた。

私はひたすら「ごめん、ありがとう」というしかなかった。


後日、改めてあの日のことを聞くと、
劇団の仲間と飲んでいるとき、突然私が死ぬ、という絵が浮かんだそうだ。

ダルマが崖下に転落炎上、跡形もなく消えるという絵が。

気が付けば彼女はその場で意識を失ったという。
同席していた仲間によれば、ほんの数分のことだが陽気で饒舌な彼女が茫然自失の状態、話しかけても何の反応もしなかったという。

咄嗟に彼女は、生霊となって私の前に現れてくれたのだろうか。
そして何か得体のしれないものから私を守ってくれたのだろうか。

そんな彼女も今は亡い。
10年以上のがんとの闘病ののち天に召された。
もう私を思い、守ってくれる人はいない。

彼女の死をきっかけに私は仕事を捨てた。
車の運転も今はまったくしていない。

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