古本屋奇譚①深夜の看護教習

片田舎で小さな古本屋お経営していた時のお話。

ある家から古本の買取の依頼があった。
90過ぎて大往生されたその家のおばあさまの本が大量にある、
処分してくれないか、というものだった。

時は平成の初めころ、
そんな時代に90過ぎのおばあさんが大量の書籍を持っていること自体が珍しい。

何があるのだろうかと思って伺ったら、
なんとすべてが看護婦の教育資料と医学書。

若いころから看護婦として働き、大病院の総婦長を務めあげ、定年後もいろいろな病院に呼ばれてはサポートに行ったり、看護学校の教師をしていたという方であったらしい。

残念ながら、戦前から戦中の古いテキストでは全く商品にならない。
正直にご家族にそれを伝え、処分だけならしますよと言ったら、
とにかく片付けてくれたらいいとのことで、ハイエースロング一台分にも及ぶ本と資料を必死で積み込み、倉庫に持ち帰った。

翌日、古紙回収業者に処分を頼もうと思い、倉庫の比較的入り口に近いところに荷を下ろし、ようやく一段落したのは夕方過ぎ。

それからようやく、その日のネット注文の在庫を探し梱包し、さあコーヒーでも飲んで一休みしようかと思ったらもう夜の11時になっていた。

少し疲れていたのだろう、うつらうつらしてしまったらしい。

「?」

…真夜中の倉庫、こんなところに訪ねてくる人間はいない。
にも拘らず確かに倉庫の一角から、話声が聞こえてくるのだ。
しかも何を言っているのははっきりしないが、少し厳しい感じの女性の声だ。
そしてその声を囲むように、数人の緊張した返事や声が聞こえる。

不思議なことに恐怖感はなかった。
何か女子高か女子大のか講義を聴いている感じがした。

その時、すぐにピンときた。今日の買取だ、と。
その時私がいたコンピュータルームは、倉庫の一番奥にあり、倉庫の全部を見渡すことはできないし、節電のため深夜は明かりも出入り口しかつけていない。

そっと部屋のドアを開けてみると、やはり今日買い取ってきた本の周りがほんのりと薄青く光っている。

その中心にいるのは、年配の女性。
亡くなったお婆さんだろう。
その周りにはいくつか、中年から若い女性まで10人ほどの姿が見えた。
みんな一様に真剣な表情で年配の女性の言葉に聞き入っている。

どうやら講義、というより病院の引継ぎを行っているようだ。
私はまた黙ってコンピュータルームに戻った。

それから数十分だろうか、青白い光と人間の集団は知らない間に消えていた。
私はどういうわけか妙にすがすがしいというか、その霊たちの真剣な姿に心現れる思いで、消えた方向にそっと手を合わせた。

翌日、やってきた古紙回収業者が荷物を積み込むとき、
「古いのに何か昨日まで使ってみたいだな…」という。

それを聞いて、
ああやっぱり最後まで職務を全うされたんだな、と心より成仏を願った。

朗読: 朗読やちか

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