キンモクセイの方

部活の大会で泊まった時先輩が話してくれた、
お姉さんの身に起きた不思議な話。

お姉さんが学校の資料室を掃除していると、
ほこりをかぶったファイルが上から落ちてきたらしい。
それを何気なく開くと、お姉さんは中に挟まっていた写真を見て驚いた。
写っていたのは、自分のおばあさんの家の近くの小さな神社。
家と神社の距離はかなり近く、お参りしに来た人がうっかりおばあさんの家の敷地に車を止めてしまうくらいなんだとか。
なのでお姉さんには馴染み深く、最近行ってないな。と思って
おばあさんの家に顔を出す傍ら、お参りに行きたくなったそうだ。
おばあさんの家に行くと必ず遊び場にしていたという神社では、
小さい頃から石段でグリコしたり、水汲みでお清めの為の水を撒き散らしたり、
賽銭無しで何度もガラガラを鳴らしてお参りしたりと
好き勝手に姉妹で駆け回っていたらしい。
先輩は、今思えば罰当たりだったと苦笑いしていた。

そうして向かった神社でお姉さんは、
久々のお参りにちゃんと五円玉を投げ入れ、手を合わせた。
その時、杜の扉が少し開いている事に気づく。
中を覗こうとしてみると、誰かが中からこちらを見ていたらしい。
驚いてその場から動けないでいると、
しばらくしてその人物はスッと居なくなる。
神主さんだったのか、と思ったが、それにしては不気味だったそう。
怖くなってその日はさっさと家に帰ったが、
恐怖で頭が一杯だったせいか、財布を落としてきてしまう。
足の弱いおばあさんには取ってくる事を頼めないので、
仕方なく明日にまた神社に行く事にしたらしい。

当日、財布は見当たらず、神社の人が保管していてくれたりしないか、と考えて建物に声をかけたそうだ。
すいません、と声をかけると、中から物音がしたらしい。
居るじゃん。とお姉さんは、建物の間を繋ぐ通路の方を見る。
すると、関係者の部屋があるであろう扉の前に財布が置いてあったらしい。
さっきまでなかったよな?と思いつつ、さっさと帰りたいお姉さんは、
失礼します。と言って靴を脱いで通路に上がる。

財布を取ろうとした時、急に背後に誰かの気配がしたそうだ。
恐る恐る振り向くと、すぐ二、三歩先に着物を着た背の高い人が立っていた。
その人は、距離が近いのに何故か顔が分からなかったらしい。
お姉さんはわけが分からず怖くなったが、そいつの向こう側に靴がある事を思い出してマジに泣きたくなったそう。
そんなお姉さんを見てか、そいつは狭い通路の脇に身を反らし、
通れ。という雰囲気を出したそうだ。
お姉さんはびくびくしながら、そいつの横をゆっくり通り過ぎ、
靴の所までたどり着く。

そうして振り向こうとした時。 早く帰りなさい。 と優しく言われたような気がしたらしい。
声が聞こえた訳でなく、脳内に直接言葉が聞こえたとかでもなく、
雰囲気で感じ取ったらしい。
それで緊張は解け、嘘のように軽くなった気持ちのまま、
お姉さんは振り向かずに帰宅した。

その日から、お姉さんはその人物が気になって仕方が無くなったらしい。
次の日、また神社に行っても姿は無く、どうしたらお礼を言えるだろうかと、
先輩に何度も相談したらしい。
そうしていつからか、お姉さんはその人物の事を「彼」と言うようになる。
その「彼」は人じゃないのでは。と指摘されても、
それでもいいからまた会いたい。と返す具合に、お姉さんは心を奪われていた。

そして。 それでもいい、と宣言したその日の夜。
お姉さんの夢の中に、彼が出てきたそうだ。
あの日と同じで顔は見えなかったが、
親に叱られる前のような雰囲気だったらしい。
それでも再び会えて嬉しかったお姉さんは、
お礼やらなにやら一生懸命胸の内を話した。

気づくと朝になっていて、一方的ではあるが話せて嬉しかった。
しかし次は声が聞きたい、と欲が出て、また悶々としたようだ。
だが予想外にも、「彼」は毎夜お姉さんの夢に出てきた。
完全に恋をしていたお姉さんは、夢の中で頑張ってアプローチし、
会話は無いものの不思議な雰囲気でやり取りを重ね、
手を握るまでに進展出来たそう。
次は、次はと勢い余ってついにある夜、好きです。と言ってしまう。
この時何故か夢の中で号泣したらしく、お姉さん自身も混乱していた。
「彼」は何も言わず、手を握ってあやすようにしてくれたそうだ。
目が覚めた朝、号泣したお姉さんは切なさから家を飛び出し神社に向かったらしい。
ここまでの全てが、お姉さんが見た夢であるという。

話は少し変わり、お姉さんは高校生の夏に交通事故に合い、
少し重い手術を受けて寝たきりだった。
ある時ふと目をさましたお姉さんから、先輩はこの夢の話を聞かされたという。
実際、おばあさんの家と神社は確かに近いが、
先輩の自宅からは県をまたぐ距離な為、
一日に神社へ往復する事は不可能だった。
また、お姉さんは退院して数年たった今、恋人を頑なに作ろうとしない。
それでもいつも綺麗で、幸せそうに笑っていた。

以上が、最近先輩に子供が産まれたので思い出して書き込んだ話。
先輩によると、今でも不可思議な事がふたつあるそうだ。

ひとつめ。お姉さんは事故の後遺症で子供が作れない体になったらしい。
その事について、もらってくれたのかも。と笑って一言言ったという。

ふたつめ。お姉さんが好きな曲は、「夢で逢えたら」。
それも本家の方ではなく、キンモクセイのカバーの方。
先輩が言うに、切ないのに明るい曲調がお姉さんとそっくりだという。
先輩は、今ではちょっと怖くてその曲が苦手だと言っていた。
私が思うに、お姉さんは今でも夢の中から抜け出せていないのだろう。

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