3人

私は怖い話が好きでよくホラー映画やホラー小説を嗜んでいます。
一時期は自己責任系のホラー話も積極的に読み漁っていました。  

けれど霊感はさっぱりで、今まで幽霊を見たこともなければ、
何か第六感的な気配を感じたこともありません。  

そんな私ですが、今だにあれはなんだったんだろうと
思い出しては首を傾げる体験があります。

少し長くなりますが、今回はそれについて語らせてください。  

10年ほど前の話になります。
当時、私は都内のアパートで一人暮らしをしていました。  

都内と言っても23区ではなく、少し歩けば畑もあるような都心からは外れた地域でした。
ですが、元々周りに田んぼや畑、山と川に囲まれた田舎町で育った私には、コンクリートジャングルのビル群の中よりずっと過ごしやすく、そのアパートを選んだのも町ののんびりとした雰囲気を気に入ってのことでした。  

アパートは築年数が浅く、まだ内装も綺麗な建物でした。
部屋は2階建ての1階。
5つ並んだ部屋の中の左端から2番目の部屋でした。
単身者向けの1DKのアパートだったので、ほとんどの方が一人暮らしのようでした。  

その頃、私はアルバイトを2つ掛け持ちしており、昼間はカフェ、夜は居酒屋と忙しい毎日を送っていました。
居酒屋のシフトがラストの時は、明け方5時に仕事が終わるので、帰ってくるとそのまま床に倒れ込み昼過ぎまで寝るのが常でした。  

ある日のことです。
居酒屋の仕事を終え、明け方の5時半頃に帰宅した私は、シャワーを浴びるのも億劫なほど疲れていました。
いつものように床に2枚座布団を並べて、
その上に横になると寝入ってしまいました。  

季節は初夏。
明け方ということもあり、外はエアコンが無くても涼しい気温でした。
寝る直前、いつもなら窓の外のシャッターを閉めて寝るのですが
(防犯上の理由から1階の部屋の窓にはシャッターが付いていました)
その日は既に外も明るかったこともあり、私はシャッターを半分開けて窓も開けたまま眠りについたのです。  

どのぐらい寝ていたのでしょうか。
ふと、意識が浮上しました。
外は寝る前と変わらず静かだったので、そんなに時間は経っていなかったと思います。意識は覚醒したのですが、まだ眠たかった私はうつらうつらと船を漕いでいました。  

けれど、不意に玄関の方に誰かがいる気配がしたのです。
『あれ、玄関の鍵かけたっけ?』
と私は思いましたが、疲れきって帰ってきたこともあり、その辺りの記憶は曖昧でした。玄関の開く音はしなかったけれど、誰が入ってきたんじゃないか。

そう思った瞬間、不安に襲われました。

早く起きて確認しないと、そう思ったのですが、
何故か体が動かないのです。
目は動きました。
けれど私は玄関と反対の窓側に頭を向けて寝ていたので、
背後の玄関の様子は見えません。

視界には寝る前と変わらない部屋がありましたが、
それが余計に不安を煽りました。

『なんで目は動くのに体は動かないんだ!』
と焦る気持ちが湧いてきましたが、腕も足もぴくりとも動かず、
気持ちだけが空回りしていきます。

そのうち、 みしっ と床を踏む音が耳に届いたのです。
私はうつ伏せで、床に敷いた座布団の上に寝ていたので、
その音は驚くほど鮮明に耳に届きました。

そして、確かに質量のある何かが部屋に侵入したんだと感じました。  

みしっ、みしっと一定の感覚で、その足音は私の方へと進んできます。
部屋は玄関から真っ直ぐ奥に向かって廊下が伸びていて、
その左右にキッチンや風呂場のある間取りです。

突き当たりが私のいる8畳ほどのフローリングの部屋なのですが、足音は迷いなくこちらへと向かってきていました。  

体は動かない。
けれど、足音はこっちへ近付いて来ている。

私はついに足音が私の足元まで迫っているのを感じました。
まだ視界には人影は映りません。
ですが、入ってきたそれが人なのか、それとも別の何かなのか見るのが怖かった私は咄嗟に目を瞑ろうとしました。  

そこへ、上からすっと裸足の足が顔の真ん前に降りてきたのです。
踝が見えたので、左足だったと思います。
わっ、と私は見てはいけないものを見てしまった気がして、
慌てて目を閉じました。  

次の瞬間、目が覚めました。

そう、夢だったのです。
びっくりするほど鮮明でリアルな夢でした。

体を起こして周囲を見回しましたが、人影はなく、
また玄関も鍵は閉まっていました。  
夢と思うと現金なもので、私は疲れて悪夢を見てしまったんだなぁ、
と一人で勝手に納得したのです。  

でも、これで終わりじゃありませんでした。  

その出来事があってからだったのか、ある前からだったのかもう覚えていないのですが、部屋で寝ていると異様に悪夢を見ました。

元々、毎日夢を見る質だったので、その部屋に住む前から悪夢を見ることはありましたが、頻繁ではありませんでした。
それがほぼ毎晩、様々な悪夢を見るようになりました。  

また数ヶ月間だけでしたが、上京してきた友人、名前をAとします。Aが住む部屋を決めるまで部屋に泊めていたことがありました。
そのAも私と同じように悪夢を見たのです。  

ある夜、翌日バイトが休みだった私は一人夜更かしをし、
Aは朝からバイトのシフトがあったのでロフトベッド
(同居中、私のベッドの上に組み立てて二段ベッドのようにしていました)
で寝ていました。

私もAが寝ているのを気遣って、部屋の電気は消していたので部屋の明かりは私のパソコンだけでした。  

一度は寝入ったAでしたが、不意に目が覚めたそうです。
ちらりと視線を横にやると、私が使っているパソコンの明かりとそれを見る私の頭が見え、 『ああ、まだ起きてるんだなぁ』 と思ったそうです。
再び寝ようと目を閉じかけた時、Aは嫌な感じがしたそうです。

それはAの足元。
ロフトベッドに上がる梯子の方からしたらしく、Aがそちらに視線をやると、そこに真っ黒い人影があったのです。  

人影は梯子をがっちりと両手で握り込んで、そこからAをじっと見ていたそうです。Aはその気味の悪い様子に瞬きも出来ず見入っていたのですが、そのうち目が慣れてきたせいか、人影が女であることが分かりました。

髪の長い女。

真っ黒い、長い髪を垂らした女が、髪の隙間からAを睨み付けていたそうなのです。
びっくりしたAは、私に助けを求めましたが、
声も上げられず、体も動かせず、唯一動かせたのは目だけで。
睨み付けてくる女はもちろん怖かったそうですが、すぐそこに起きている私がいるのに気付いて貰えなかったことも相当ショックだったようで、Aからは未だに恨み言を吐かれます。  

結局Aはその後すぐに神社に行って、御札を貰ってきました。
やはり、私の部屋に住み始めてからAも夢見が悪いと感じていたらしく、女が出てきたことが決定打になったようです。

御札の効果なのか、女がまた夢に現れることはなかったそうですが、夢見が悪いのは相変わらずでした。
Aはその後すぐに部屋を見つけて出て行きました。  

Aの部屋にももちろん遊びに行ったのですが、その時、
「やっぱりあの部屋は変だよ。この部屋に来てから全然悪夢は見なくなった」
と言われました。

なんとなく、私もあの部屋に何かあるのかもしれないと思うようになっていましたが、悪夢以外は実害らしい実害がなかったので、気にせず住み続けました。
 
夢関連の出来事はこのくらいですが、もう2つほどあの部屋に纏わる話を。  

一つは、私の友人の中に霊感があるという友人、名前をSとします。
が、一度泊まりに来た後、電話の最中に言っていた言葉。
確か、私が自分の部屋は夢見が悪いと言う話をしていた時の流れだったと思います。

『そりゃあ、そうだろうね』
Sが訳知り顔な口調で言いました。

私は意味が分からず、 「どういう意味?」 と聞き返しました。
するとSはなんでもないように続けたのです。

『だって、3人いるじゃん。その部屋』
「さ、3人?」
『玄関と、キッチンと、クローゼットの中。
さすがに泊まりに行ったその場で言うのはどうかと思って言わなかったけど』

Sは苦笑混じりに言いましたが、その時部屋に一人でいた私は笑えませんでした。  

どうやら、私の部屋には3人いたらしいのです。
初めて霊感が無くて良かったと思いました。
ちなみに3人いると言われましたが、部屋を出るその日まで3人と遭遇することはありませんでした。
一度見た足は、3人の中の誰かの足だった可能性はありますが。  

もう一つは、足音です。
先述したように私の部屋は2階建ての1階にあります。
なので、2階の住人の足音がしても何もおかしくないのですが、足音が昼夜問わずするのです。
夜中だろうが昼間だろうが、トントン、トントン聞こえるんです。  

何度も書いているのですが、アパートは単身者向けの作りで
唯一の住居スペースは8畳の広さのフローリング。
けれどベッドやテレビ台などの家具を置いてしまえば
大したスペースは残りません。
実際、私も自室にいる時は歩き回ることは殆どありませんでした。  

でも、上からは頻繁に足音がするんです。
歩き回るような足音が夜中でも聞こえます。
一度、友達と夜中に通話をしていた時、何かの流れで会話を録音したことがあるのですが、そこにも足音が入っていました。

時刻は深夜の2時半。
トットットットッと足音が私と友人の会話の合間に入っていました。  
もちろん、あまりにも足音が聞こえるので、
住んでいた当時も話題には上がりました。
特に一時期とは言え、一緒に住んでいたAもしょっちゅう聞こえる足音は不思議に思っていたようです。  

途中からは、
「うどんでも捏ねてんじゃねえ?」
と冗談混じりに笑っていましたが、今思うとあの足音は2階からじゃなく、部屋の内側からしていたんじゃないか、なんて思っています。  

私は、その部屋に3年住んで引越しました。
悪夢を見る理由も、3人がいた理由も分からず、調べもしませんでした。
Sの言っていた3人は今も部屋にいるんじゃないかと思います。  

めちゃくちゃ怖い思いをした話ではありませんが、あの当時不気味に思いつつも住み続けた部屋について、誰かに語りたくなりここに投稿しました。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。

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