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ビニールを持ったおばさん

私が小学生だった時、話しかけてはいけないと言われている人がいた。  

その人の見た目は普通のおばさんで、手には何かの入ったビニール袋を持ち、
いつも同じ黄色のセーターを着ていた。  

時々道ですれ違ったりする程度であったが、いつも同じ服と荷物だったので、あるとき母に聞いたことで話しかけてはいけない人であることが判明した。  

話しかけてはいけない、とはいっても明確な理由は特になく、
どこに向かうでもなくいつも外を歩いているそのおばさんを町の人が不気味に思ったからだという。  

町内の人はほとんどが顔見知りである田舎町であるにも関わらず、
誰に聞いてもそのおばさんの素性を知るものはいなかった。  

ただ一つ分かったことは、おばさんの持っているビニール袋には生の魚が入っているらしく、真夏にすれ違うと生臭い匂いがするんだとか。  

魚が腐っていることには気にせずふらふらと徘徊するおばさんに子供心ながら気持ち悪さは覚えたものの、それ以上の感想を抱くことはなかった。  

私は当時、田んぼで蛙を捕まえることに夢中だった。  

門限は17時であったが、真夏で日がいつまでも高いことも相まって門限を過ぎて怒られることが度々あるくらい、時間を忘れて田んぼで遊んでいた。  

その日もいつも通り田んぼに行った。
友達二人と夢中で蛙を捕まえ、虫かごがいっぱいになった時にはもう日が傾き始めていた。  

すでに17時を回っていたことに気づいた私は友達と別れ、
親に怒られることを想像しながら憂鬱な気分で走っていた。  

街灯もないため薄暗く、少し赤みを帯びたあぜ道で、
僕は黄色のセーターを着たおばさんを前方に見つけた。
おばさんはこちらに向かって歩いてきており、
いつものようにすれ違う形となった。  

しかし、狭いあぜ道ですれ違う際、私の持っていた虫かごがおばさんの持っていたビニール袋に当たり、おばさんはビニール袋を落としてしまった。  

私が足を止めて振り返ると、おばさんは袋からこぼれた魚を拾っていた。  

門限はとっくに過ぎていて早く帰りたかった私にもさすがに罪悪感が湧き、おばさんの元に駆け寄って「ごめんなさい」と謝った。  

おばさんは怒った様子は見せず、なにも言わずに笑顔を浮かべていた。
今思えば、あの時私ではなく、私の持っていた虫かごを見ていたのだろう。  

生臭い匂いを放つ魚を拾い終えたおばさんは立ち上がり、
「どこの子?」 と聞いてきた。
「僕は○○ ○○ です」  

見知らぬ人に個人情報を与えているという自覚のなかった私は名前を答え、もう一度謝って帰路についた。
途中で振り返っても、おばさんはずっとこちらを見ていた。  

帰宅後にさんざん親に怒られたが、
おばさんと話してしまったことは言わなかった。  

その後、親に田んぼで遊ぶことを禁止されてしまったため、
一か月近くその田んぼにはいかなかった。  
それと、その期間はおばさんを見る機会がめっきり減った。    

九月が終わりかけたころ、私の祖母が亡くなった。  

初めての身内の死は思ったより実感がなく、
なにもわからぬまま通夜に行くことになった。  
会場はあまり広くなく、親は会場の外で受付の手伝いをし、私は親のそばにいた。  

たくさんの親戚や近所の人が参列した中、
私たちは一人だけ喪服を着ていない人物を発見した。  

それはあの黄色のセーターを着たおばさんだった。

いつも通りビニール袋を携えていたが、いつもと違ってその中身はなにか黄土色の液体のようなものでいっぱいだった。  
親もさすがに疑念を抱いたようだったが、おばさんは会場の外でたたずんでいただけであったため、特になにかを言いに行くようなことはしなかった。  

そして、それ以外何事もなく通夜が執り行われた。  
途中でトイレに行きたくなった私は会場の外にあるトイレを目指し、会場を出た。  

まだおばさんはそこにたたずんでいた。  

さすがに気味が悪かったのでそのおばさんの前を走って通り抜けてトイレに入った。会場に戻る際にも同じようにしようと思いながら用を足し、トイレを出る。
おばさんはトイレの入り口をふさぐようにして立っていた。

「もう帰ろうねぇ」  

そういったおばさんはあの日田んぼで見せた笑みを浮かべ、
ビニール袋をこちらに差し出す。

中身のたっぷり入った袋は湿り気を帯びており、
魚とはまた違う、どぶのような悪臭を放っていた。  

当たり前だが、私はビニール袋に手を伸ばさなかった。
同時に、おばさんが入り口に立っていた恐怖から、
身動きが取れなくなってしまっていた。  

それでもおばさんは私の手にビニール袋を握らせようとしてくる。  
されるがまま握らされた私は、その重さから地面にビニール袋を落としてしまった。  

足元に散らばる中身。
それは大量の腐ったオタマジャクシだった。  
それを見たおばさんは私の手首をつかむと
「もう帰るよ!」 と大声で言いながら私を引っ張った。

その時もおばさんは笑顔だった。  

なんとか踏ん張ろうとするも、おばさんの力は見かけ以上に強く、
子供の私はずるずると引きずられていった。

「助けて! 助けて!」  

という私の声が会場内に聞こえたのか、親が飛び出してきた。  
おばさんは今まで見たことのない怒りの形相を浮かべ、
私の手を放して走り去った。  

それ以降、私はおばさんを見かけないまま大人になり、十数年の時が経った。  

実家に帰った際ににあの黄色いセーターを着たおばさんを遠目に見つけ、恐怖したのは最近のことだ。  

ビニール袋には明らかに魚ではなく、黄土色の液体がたっぷりと入っているようだった。  

あのおばさんは今でも私を探しているのだろうか。

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