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父親の友人

私は子供のころ、父親の友人であるAさんという男性が嫌いでした。
Aさんは、大人達には人気があるのだけど、子供からは倦厭される人でした。
時折、自宅に来ては酔って正体をなくすAさんを、
私は苦々しく思っていました。
大人達は、そんなAさんを微笑ましく囲んで楽しくやっていたのですが。
なぜAさんに子供達が近寄らなかったのか、
実際に嫌っていた私自身にもよく分からないのです。
ただ、なにか、無理やり表現するなら巻き込まれそうな危うい雰囲気があった、という感じでした。

そのAさんと私の父親が、まだ若くお互い家庭を持つ前に、
冬山登山をした事があるそうです。
所謂、素人がなんとなくシチュエーションに憧れて、
見よう見まねでやってみた、といったところですので、
色々想定外な事が重なり、人気のない山小屋で一晩過ごすことになったのだそうです。
話は、山の怪談としてはありふれたものでした。
山小屋近くの崖っぷちに、自殺者を祀った石碑があり、
2人で陽が暮れるまでに写真を撮った。
その夜、崖下から巻く風音がどうにも悲鳴に聞こえて、
2人は眠れなくなり、起き出した。
明かりは小屋の中央部にあった薪ストーブしかなく、
怖くてドンドン薪をくべた。
崖下からの虎落笛は、上に上がってくるようだった。

ますます恐怖に駆られて薪をくべるが、
ストーブは自分たちの顔を照らし出すだけで、
室内全体を明るくはしてくれない。
風音はもう啜り泣く声にしか聞こえず、そして徐々に上がってくる。
上がりきって、近付いてきた。
2人はストーブにかじりつくようにしていた。
風音は、声は、とうとう山小屋のドアを隔てたすぐ向こうで聞こえる。
入り口を背にしたAさんと、ストーブを挟んでその向かい側に父親がおり、
2人は恐怖のあまり目を強く瞑り、下を向いて体を強張らせていた。
ドアが、強風に負けてバンッと全開になった。
声と風が強く吹き込んで、今度は捲き上る風や火の粉で目が開けられない。
手を翳し、漸く薄眼を開けてみると、
バタバタ打ち付けるドアから朝日が差し込んでいた。 というものでした。

昔から怖い話をねだる私に、Aさんの事を少しでもよく思わせたいと父親は思ったのでしょうが、
私は子供心にも、なんだその都合のいいオチは、と思いました。
2人で撮った写真は、特に変哲のないものでした。
どうせ、作り話だ、と思いました。
ただ、ドアにAさんが背を向けていた、という事が、とても、とても気になりました。

色々事情があり、私はその後、家族と絶縁しました。
絶縁するまでにも、ゴタゴタした不毛な話し合いがもたれ、
その合間にふとAさんの話題が出た事があります。
Aさんは、自殺未遂の後遺症で心身を病み、
結局亡くなったのですが 原因は明かされず、
お葬式も身内で早々に済まされたとか。

Aさんは、警察の鑑識官でした。 職務の軋轢があったようです。
酷い状態のご遺体に日常的に関わっていたと。
又、友人も多く慕われていた人なのに、ご家族には縁が薄く、
奥さんや実の母親が、心配するAさんの友人達を遠ざけるような振る舞いもあったようです。

お子さんは、授かりませんでした。
自殺を試みたその方法が、入水でした。 地元の一級河川の川下流域で、
流されているところを発見され一命を取り止めましたが、
その後、元のAさんに戻ることはなかったのだそうです。
私の家族は、元々父が親戚筋から養子に入り、
養父・養母共に父が20代前半の頃亡くなりました。
その後、駆け落ち同然で母と結婚して、私と弟が生まれたわけですが、
実の親、という感覚はとうとう私には持てませんでした。
幼少期から人に預けられ、出来の良い弟ととは差別され、
すっかり捻くれました。
高校は新聞配達をしながら奨学金を受け、短大は自力で進学し、
それを機に絶縁しました。
弟は、優遇されながら大学院まで進み、ゼミの教授の娘と結婚した、
と遠い親戚から聞かされましたが、どうやら離婚して、
しがない塾講師に落ち着いたようです。

絶縁してからの私は、自由でした。
自分の力で、納得のいく人生を送っています。
家族や、余計なことを耳に入れようとする親戚達とも、すっかり縁を切り、
彼らの生死も不明です。

ただ、どうしても心に引っかかっている事があるのです。
父親も母親も、私達実の子らと、結局は良い関係を築けませんでした。
弟も、遠く離れた地に居を構え、関わりを絶っているようです。
私は子供を1人授かりましたが、障がいがあり、
この子が自身の家庭を持つことは難しいでしょう。
夫は、理解があり優しい人ですが、
その実家は長子最優先の100年以上続いた農家です。
跡取りとして過保護に育てられた夫の兄は、私たちの結婚から2年後に、
結婚して家を出てしまいました。
今は、認知症の始まった90代の祖母と義理の母だけがその家を守っています。
相続したら、全て売り払うと義兄は公言しています。
一時、夫に墓だけでも相続してくれないかと義母からいわれ、
私の方から、遠方であり又子供のこともあるので、はっきりとお断りしました。

なぜなのでしょう。
家族や親族がバラバラになっていく。
関係が希薄になり、途切れていく。
義兄の嫁や子供達も、メンヘラ気質で将来が危ぶまれます。
すごく、怖いのです。
私は、何かに巻き込まれ、巻き込んでしまっているのではないか、
とても怖いのです。

朗読: 怪談朗読と午前二時

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