かれこれ20年ちょっと前のことになるか。
珍しい奴から電話があった。
大学時代の同級生の佐藤(仮名)だ。
実は学生時代からそれほど親しくしていたわけではなかったが、
卒業後たまたまある企業のパーティで再会。
二人とも広告関係の仕事に就いたことが分かり、
時々は飯を食ったりする仲だった。
ただ同じ畑と言っても、彼はクリエーターではなく、
経理や人事管理などが本職。手堅い性格が尊重されて、
ある中堅規模の代理店の管理職をしていた。
そんな彼が、転職したという。
なんでもそこの社長が若く、かなりのやりて。
しかし経営面でのキャリアが不足しており、
ベテランの管理者が欲しいということで白羽の矢が立てられた佐藤が、
専務取締役としてヘッドハンティングされたとのことだった。
私もその社長(村田としておこう)には何度かあったが、
年齢は私たちよりも5-6歳下。
いかにもエネルギッシュで、企画力や想像力といった面では、
さすがと思わせるものを持ち合わせていた。
性格的にももっと強引な人間かと思っていたが、意外にも腰が低く生真面目、
社員や取引先の受けもよく、佐藤の協力もあって、
小規模ながら順調に会社も成長していたようだ。
ただこの村田という男、一つだけ欠点があった。
酒やギャンブルは好きなようではなかったが、
若いころから無類の女好きだったらしい。
ちなみに当時もまだ独身で、羽振りの良さと、
ルックスも良かったことから結構女遊びだけはしていたようだ。
前置きはそのくらいにして本題に入ろう。
彼らの会社は、都心のかなりいい場所に事務所を構えていた。
片側4車線の幹線に面した新しい建物で、道路挟んだ反対側は、
若者が多く集まるファッションビルが並んでいた。
佐藤が電話してきたのは、オフィスをその場所に構えてから、
何か妙な気分がして仕方ないという。
現実主義者で生真面目な彼が、変な妄想や創造にとらわれるとは思えない。
三文文士で、オカルト系の文章も多少書いていた私に電話してきたのも、
どうしても話を聞いてほしかったかららしい。
なんでも異変に気付いたのは、逢魔が時になると、
在社していれば村田が、いつもずっと迎えのビルを見続けている。
しかも真剣に、また嬉しそうに。
さすがに気になった佐藤がある日、声をかけてみた。
「社長、どうされたんです」
「ああ、あそこわかるかい。あのビルのショーウインドだよ。
セーラー服の女の子、見えないか。あの子、夕方になると必ず立ってるんだ。
人と待ち合わせしているでもなくだ何かぼーっと立ち尽くしてるんだ」
佐藤もその場所に目をやった。
確かにいる。
当時のギャルとは全く違った雰囲気、距離があるから顔はよく見えないが、
長身できれいなロングヘア。
身じろぎもしないで立ち尽くしている。
「いやな、今時珍しいタイプだろ。
ああいう子をモデル候補にキープしておくのもいいかなと、と思ってね。
今度、一遍声をかけてみようかと思うんだ」
しかしなぜか佐藤は、その娘に何らかの違和感を感じていた。
毎日の行動のおかしさもあるが、
それ以上にどうしてもぬぐえない違和感がある。
なんだ。しばらく考えてその正体に行きついた。
「影が薄いんだ」…。
あれだけ明るいところに立っているのに、不思議なくらい存在感がない。
そして決定的なのは、その娘の影がどこにも存在していないのだ。
佐藤は絶句した。
まあそれからは多忙な日々が続き、
二人とも彼女の存在を気にかけている時間はなかった。
時間は過ぎ、季節は梅雨に。
また外を眺めた村田が
「あれ、まだあの子いるよ。しかも何か顔がこっちに向いてきてるみたいだ。
雨の中傘もささずにかわいそうだな。ちょっと俺、声かけてくるわ」と。
佐藤は本能的に危険を察知した。
顔がこっちを向いているだと?
さっさと部屋から飛び出し、
階下に降りる村田の後を、階段を駆け下りて追いかけた。
幸い信号は赤、足止めされている村田の背をとらえた。
がそこで人波が動き出してしまった。追いつけない。
これだけの人波じゃ大声を上げても聞こえない。
それでも必死で村田を目で追う。
いた。真っすぐに彼女のほうに向かっている。
横断歩道を渡りきったところで、佐藤は見てしまった。
村田が娘に声をかける姿を。
次の瞬間、村田がものすごい絶叫を上げた。
村田の前に立っていたのは、全身血まみれな女二人。
しかも瓜二つ。
その時、はっきりと佐藤の耳には聞こえたという。女たちの声が。
「17年待ってたの。一緒に行こうね、お父さん」
…次の瞬間、村田は後先なしに車道に飛び出した。
はねられ、潰された躯が車道に横たわっていた。
いつの間にか、女たちの姿消えていた。
後日談。佐藤の頼みもあって、
村田の過去を付き合いのあった週刊誌を通じ、探らせた。
お察しの通り、彼は学生時代,年上の女と付き合い、
妊娠した彼女を手ひどい捨て方をしたようだ。
その後、彼女はビルから飛び降り自殺。
日付は村田が事故死した日だった。
そしてちょうどこの時が17回忌であった。