証明写真

これは同僚のAさんから聞いた話。

私とAさんは小さな会社で事務の仕事をしており、
会社に事務員は私とAさんだけ。
Aさんは履歴書を見る事を極端に避ける人で、
面接希望者の履歴書を取り扱うのも、
不採用者の履歴書を送り返す作業も、決まって私の仕事だった。
「証明写真が苦手で自分の写真ですら本当は見たくない」
Aさんは以前からそう語っていたが、ある日その理由を教えてくれた。

Aさんは中学3年のある日、クラスで仲の良かったBさんから相談を受けた。
何でも帰り道に写真が落ちていて、
それが毎日違う場所にあって気持ち悪いらしいのだ。
どんな写真なのかと訊くと証明写真だと言う。
小さくカットされた証明写真で、
セミロングの女性が少し固い表情で写っているらしい。
写真も写っている女性も普通だが、
落ちている事に気付いてから毎日ずっと帰り道で見る。
行きには気付かないし、毎回位置が変わるそうだ。

Aさんは「風に飛ばされたり、誰かが拾って移動させてるだけじゃないか」
と言った。
ところがBさんは顔をこわばらせたまま
「私も最初はそう思ったし、もしくは最初から複数枚落としちゃったのかもって考えた」と言う。
「でもね、その写真、段々私の家に近付いてるの。
最初は学校の近くだったのに、どんどん私の家に近付いてるの……」
Bさんは泣きそうな顔で
「今日、一緒に家まで帰ってもらえないかなぁ」とAさんに頼んだ。
Aさんはなるほどなと思った。
と言うのも、友達の多くが自転車通学で、
Bさんの友達の中で唯一Aさんだけが家が同じ方向で徒歩通学だった。
中3で部活動も終わり、何よりBさんのこの様子、
Aさんは一緒に帰る事を承諾した。
少しその証明写真とやらを見てみたい気持ちもあった。

学校が終わり、二人はBさんの家に向かって歩き始めた。
特に変わった様子はない帰り道。車も通れば人も歩いている。
拍子抜けと言うのだろうか、何事もなくBさんの家に着いた。
写真はどこにも落ちていなかった。
Bさんはほっとした表情で
「ごめんね、付き合わせて。気にし過ぎだったのかな」と言った。
玄関の前で少し話し「それじゃ」とBさんが玄関を開けた時だった。
Bさんの動きが止まった。そして悲鳴があがる。
Aさんは慌ててBさんの肩を掴み「どうしたの!?」と玄関を覗き込む。

そこには一枚の証明写真が落ちていた。
張り付けたような満面の笑みで写る女性の証明写真。
Bさんはその場で意識を失い、Aさんに支えられながら膝から崩れた。
悲鳴を聞いてBさんのお母さんが出てくる。
混乱の中、気付くと写真は消えていたそうだ。
一連の出来事を親に説明し、
AさんとBさんは後日、家族と一緒にお寺にお祓いに行った。
そのおかげか、その後二人があの証明写真を見る事はなかったし、
不幸が起きるような事もなかった。

ただBさんはそれから卒業まで学校には車で送り迎えをしてもらっていたし、
Aさんは写真の女性の笑った顔が忘れられないのだと言う。
ちなみにBさんが今どうしているかは知らないらしい。
「だから、証明写真ってちょっと怖いんだよね。
もし、何気なく見た履歴書にあの女性の写真が貼ってあったら、
私、余裕で気絶するから」
Aさんはそう言って苦笑いをした。

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