幻の保証人

これはまだ私が離婚する前に起きた笑えるけど、妙な話。

家で原稿書きをしていると、女房がお客様よ、と書斎にいた私を呼ぶ。
ド田舎に引っ越して以来、近隣住民の人間性の悪さに辟易し、一切付き合いをしていなかったし、出版関係や演劇関係の友人が突然訪ねてくるとも思えない。

「誰だあ?」
と呆けていると女房も首をかしげている。

そこにいたのは、いかにも古風ななりをした中年お上品な夫婦と学生服を着た利発そうな少年。私も女房も全く記憶にない人物。

「果てしてそうされました?」
とこちらもかしこまって聞くと、主人のほうが丁重に
「突然申し訳ございません。今日はどうしてもお願いしたいことがあって参上しました」といいだした。

クエッションマークの嵐が頭の中を飛び交う
「ところでお宅はどちらさんです? 何のお話です?」
というと、
「やっぱりこの姿ではお判りいただけませんか?」
と言いながら、三人の姿がぱっと消えて、たちどころに毎日家に食事と遊びに来る俗称カー太郎・かー子・カー助のカラス親子に戻った。

女房と二人、唖然。
「驚かせて申し訳ありません。実はですね、お恥ずかしいですがうちのせがれ、親に似ず出来がようございまして」

ますます???

「一族の長の者が申しますに、しっかりと学べば類なれなる神の使いになるとのこと。そのためには修行に行かねばならぬ。まあそれにはだな、この子が賢いという保証を人間にしてもらうことも大切じゃ。といいだしましてね。
こんなことをお願いできるのは、この辺で唯一、カラスを虐めたりバカにしない隅野さんご夫婦にお願いするしかないと思い参上しました。なにとぞ…」

と三羽そろって頭を下げる。

「そりゃいいが、俺みたいな三文文士で効力があるのかい」
というと
「あなたも多少なりとも霊の道を信じておられますし、私たちをかわいがってくださっておりますことは一族も承知です。ですからぜひ」
と、また深々と頭を下げる。

まあそんなことでいいなら、と思わず女房と二人うなづくと、なにやら羽の中から自分の羽でできたペンと書類らしきものを取り出した。
私たちもつられてすぐに署名をしたのだが、はたと思って聞いてみた。

「お前さんたち、息子を神様に献上するってことは、もう二度と会えないかもしれないんだぜ。いいのかい」
というと、今まで無口だったカー子が涙ながらに
「つらいのは本当につらいです。でもこの子の将来を思えば…」

「よしわかった、じゃあ心して送り出してやれ」
「カー太郎、覚悟はできてるか」
と問えば、小鴉。
少年の面持ちになっているが
「はい、このご恩は忘れません。ただ父と母をこれからもお願いします」
としっかりとした口調で答えた。

気が付けば、もう三羽の姿は消えていた。
どうやら私も女房も、ぐっすり眠りこんでしまっていたらしい。
呆然とした頭で「おい、今カー太郎たちが…」というと、女房も
「私もおんなじ夢を見てた」と目を丸くしている。

あれはいったい、白日夢だったのか?
ただ不思議なのは、客間にカラスの羽が一本おちていたことだ。

残念ながらその後、私が事業に失敗し女房とも別れ、その土地から離れてしまったため、一家の行く末は見届けてやれなかった。

朗読: 【怪談朗読】みちくさ-michikusa-
朗読: 怪談朗読と午前二時

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