お父ちゃん

「ただ今、お父ちゃん、帰ったでぇ!
まったくまああのくそ爺、飲み歩いとるんかいな。
ご先祖さんの迎え火もたいてへんし、こりゃ先が思いやられるわ。
さてと、久しぶりの実家やし、ちょっとくらい寝っ転がっててもええやろ。
私かて疲れたわ。一人で長旅やで。

『グー、すぴー…ムニュムニュ。
痛っ!誰やのん私のかわいらしいおいど蹴とばしたんわ。
あ、しもた!まずせなあかんことがあったわ。
どうせお父ちゃんのことや、仏壇もそうじしてへんやろ」
(効果音/仏具や位牌などが落下する衝撃音)

「ほれみい、お父ちゃんの代わりに私がご先祖からド叱られてもうたやない!
「しかし何をまあ、仏壇の引き出しにため込んでるんやねん。
う?生意気に貯金通帳なんぞあるがな。
まあやっぱり思った通りや,みごとにすっからかんや。
指物屋としては腕悪くなかったんやから、
もうちょっとくらい残っててもええはずや。
酒酒、そんで女で自爆しよってからに。
ちゅうとったらこれなんや、え、桃花・沙織・きらら…
キャバ嬢の名刺ばっかようさん。もうあきえてものがいえんわ。
ああそうそう、ご先祖様、お位牌の順番これでよろしいか?
へえへえわかりました」

「まあ本当に1年1度の里帰りちゅうに、一人娘には冷たいな。
出戻り子なしの脳なしには世間も冷たかったけど、
今になってもまだ女中扱いかいな。
ああそうや、おかんの頼まれごと忘れるとめんどくさいんや。
親子3人の写真をもってこい、ちゅうて、あんたまだ昔に未練があるんかいな。
安手な演歌でもあるまいし。
口じゃお父ちゃんのこと、ボロカスに言うてるくせに、素直やないんやな」
「えーとアルバムアルバムっと。
なんや私が転がっとった机の下やんか。
あんなくそ爺でも、たまに家族が懐かしゅうなって、
こっそり写真見ながら涙酒か?ますますわびしいわ」

「そうやそうや、そんな私も時間があるわけやないんや。
私の今日のお役目は、どうせなにもせん爺に代わって、
ご先祖さんをお迎えする支度をすることやった。
ご先祖さん、火の気は留守には禁物ですさかい勘弁したってくださいな。
その代わり、全部電気つけっぱなしにしといたりますわ」

「今年はお父ちゃん、顔見えんかったな。
ちょっと心残りやけどまあしゃあないわ。
じゃあな、お父ちゃん、元気でやりいや、
私はお墓の掃除して、その足で帰るから」
(効果音/玄関の開け閉めの音)

なぜか足音はなく、風の音だけが吹きすさんでいる。
「お父ちゃん、ほんまにまだしばらくは私らにはあえへんで。
あいつは現世の修業がまだまだや。いうてご先祖様は言うてはる。
おかあちゃんも、もう少し一人でわたしたちのありがたみをわかれ、って毒はいてるしな」

「じゃあな、さよなら来年のまでな。私もまだむこういったばっかで、わからんことだらけやし、川わたってもまた勉強ばっかやで」
(ため息)

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