質屋

まああまり面目のいい話ではありませんがな、
年寄りの戯言と思って聞いてくださいますか。

私のうちは明治からずっと質屋を営んでおりましてな。
まあ私の代で店は閉じましたが。

何せ因業な商売と思われがちですし、
質草にも訳ありのものがよく持ち込まれましたよ。

もちろん犯罪がらみのものは、なんだかんだ理由をつけてお断りしますがね。

戦争が終わって7-8年、まだ世の中も殺伐としておりました。
まあ私どものような商売も、利用してくださる方も多かったのですが 、質草を泣きの涙で流される方々を見るのが、若かった私にはつらくて仕方なかったんですわ。
親父には、そんな甘い考えじゃ生きていけん、
とよく叱られましたが、気性が合わなかったんでしょうな、
親父とは死ぬまで分かり合えませんでした。

ところで私には10ばかり年の離れた妹がありました。
妹といっても、親父が妾に産ませた腹違いの子でね。
いろいろあって家に引き取られてきたのですが、
父も母もそりゃひどい扱いをしていましたよ。
女中以下ですよ。
挙句17になったばかりの時に、どこぞ遠くの職業軍人のところに無理やり嫁にやって厄介払いですわ。

私はね、そんな妹が不憫で気にかけてやってはいたのですが、何せ親の目があるから十分なことはしてやれませんでした。

そのせいかな、年頃になっても笑顔もあまり見せない、
ただただおとなしい、地味な女に育ってしまいましてね。

口数も少ないし、どうなるかと心配しておりました。

そんな妹が、終戦後に一度だけ戻ってきたことがありました。
なんでも亭主は南方で戦死したとかで、今後のことが心配だったんでしょう。
ところが母親が、鬼の形相でよそに嫁いだ娘を家に戻すわけにはいかん、と怒鳴り散らして追い返してしまったんですよ。

何も言わずに妹は出ていきました。

その後、風のうわさで聞くと、知り合いの筋をたどって田舎町の旅館で住み込みの賄をやっていると聞きました。
何せ気立てはおとなしいのですが、愛想がないから客商売は難しいということで、仲居にもしてもらえず下働きみたいなことをさせられていたようです。

それからしばらくして、また噂というものは伝わってくるものでしてね。
妹が何やら妾になったというんです。
両親はしょせん妾の子は妾しかないわ、と鼻で笑ってましたがね。
私は心配になって、いろいろ調べてもらいましたよ。

そしたらなんでも妹をかこったのは、50代半ばを過ぎた定年退職した田舎の小役人ということでした。
まあ年がいっていたせいもあって戦争にもとられず、
のんべんだらりと定年まで勤めあげて小金を持ったせいでしょう。

ああ妾といっても、本妻がいるわけでもない。
とにかく風采のあがらん、性格も度ケチという評判の男でしたね。
なんでそんな男が妹に目を付けたかといえば、ただただおとなしく贅沢も言わん、わがままも言わん、金のかからん女だというのが理由のようでした。

古ぼけた婆さん一人住んでいる一軒家の離れを借りて、そこに住まわせていたようで、自分は決まった日に訪れ決まった日に帰るという生活をしていたようです。

ただそんな男にも少しは情があったようで、
妹も男が来る日は楽しみに待っていたそうですよ。

それから2-3年ですか、妹に再開したのは。
冷たい躯になってね、首を絞められて殺されてました。

警察も妾の一人殺されたくらいじゃ、派手には動いてくれません。
いつの間にかうやむやになってしまいました。

ちょうどそれと前後して、親父もおふくろも死にましたから、
何か因縁があったのかもしれません。

私はといえば、店を継いだのですがあまりやる気もせず、
むしろ妹を殺した犯人を捜したいという気になっていました。

そんな冬の夜のことです。
もう店を閉めようと思って支度をしていると、
風采のあがらない男が何やら大きな包みを持ってやってきました。
「いくらでもいいから引き取ってくれ」
といって開けたのは背の高い柱時計でした。

こんなものじゃとてもお金にはなりません。
黙ってお引き取りを願おうと思った時、
突然その柱時計が時を打ったんですよ。
6つ7つとね。

男の顔色は真っ青に変わってました。
その時なぜか口をついたんです。
「なんで妹を殺したんです」という一言が。

もともと気の小さい男だったんでしょう。
へなへなとその場に崩れ落ちて
「悪かった悪かった」と声を震わせてつぶやくばかり。

私は熱い茶を入れて男に飲ませました。
幸薄い妹が、なんで命を奪われなきゃいけなかったか、
どうしてもその男に聞いてみたかったのです。

「怖くなったんだ、怖くなったんだ…
こんなバカに心から尽くしてくれるあいつが」
と、わけのわからんことを言いだいました。

地味な妹ですが、たとえ妾のような立場でも、自分を庇護してくれる男ができたことがよほどうれしかったのでしょう。

週に何日かの時間、それは丁寧に男に尽くしたようでございました。
男も徐々に情にほだされたのか、ある日、妹に言ったそうでございます。

何か欲しいものはないか、あったら買ってやる、と。
おそらく着物、とか答えうだろうと思ったら妨害の言葉が返ってきました。
「大きな時計が欲しいんです、柱時計が」と。

いぶかしんだ男がわけを聞くと
「あのコチコチとなる音は、人の心臓の鼓動のように聞こえます。
それを聞いているだけで私は気持ちが休まります。
それに大きな時計が、時を告げる音を聞くのが楽しみです。
あなたは毎週決まった日、時間においでになる。
その時間を、時計のを聞きながら待っているのが幸せなのです」と。

これには男もほだされたのですが、
いざとなるとケチな本性が現れたんでしょう。

新しいものを買ってやればいいものを、
自分の家にあった貰い物の時計をくれてやったそうです。
それでも妹は喜びました。

いつもにまして熱心に男の身の回りの世話を焼いた。
まったく勝手な話ですよ。
その姿を見て、男は怖くなった、というんです。

この先、俺は一生この女から離れられないのではないか。
いや、下手をすればお荷物になってぶら下がってくるんじゃないか。
という考えが浮かびました。

気が付いたら、そこいらにあった帯で妹の首をくくっていた、
なんて勝手な話でしょう。

それでなんで柱時計なんぞを、日にちが立って持ち出したか、といえば、笑えるじゃありませんか。

定年退職を記念して職場仲間か組合やカラ化記念品としてもらった品で、裏に○○君退職記念、と彫り込んであったのを思い出して恐ろしくなった、という馬鹿気た理由でした。

ただわからないのは、なぜ男が時計を私の店に持ち込んだかです。
海に投げ捨てるか闇市ででも売り飛ばせばよかったものを、
遠く離れた私の店に来たのか。

男にもその理由はわからない、今まで来たこともない街だから安心だろう、と思っただけだといいます。

でもねえ、私は妹の思いが私のところに導いた気がしているんです。
警察の人に聞いたら、、妹の死に顔はとても殺された人間とは思えない、静かな穏やかな表情だったといわれました。

「私は生涯で唯一、気にかけてくれる人と出会った。
その人に殺されたんだから恨みません。だから兄さんも許してやって」
とでも言いたかったんじゃないですかね。

私も警察に男を突き出しませんでした。
黙って出て行ってくれ、と身振りで雪の夜中に放り出しました。
そう、いっそう人のぬくもりが恋しくなるように。

妹のぬくもりを思い出すように、と、ねえ。

それから先、男がどうしたかはわかりません。
これは私の勘ですが、まだまだ行き倒れも多かった時代です。
その一人になっているんじゃないかと思ってるんですよ。

年寄りの退屈な話に付き合っていただいてありがとうございました。
そろそろ私も妹のところへ行く時が近づいておりますのでな。
それでは…

朗読: 朗読やちか
朗読: 怪談朗読と午前二時
朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる