私には、10年以上前に92で亡くなった、「みよえ婆」と呼ばれた祖母がおりました。
 お盆に故人の話をしたら喜ぶと聞いておりますので、お盆はとっくに過ぎてしまいましたが、供養のために少しお話ししたいと思います。

 私のお婆(当時はそう呼んでいたので以下そう呼びます)は、若いころに胃腸関係の大手術を受けて以降、生死をさまよった挙句にのちに霊能力的なものを得た人でした。
 その時の話も生前ちょっと聞かせてくれていて、ある日養生のために縁側に近い部屋で横になっていると、その縁のふちに修行僧の格好をした僧侶が立ったのだそうです。
 お婆にはすぐにそれがお大師さんだと分かり、このようなところでどうなさったのかと問うと、お婆に「これから仏門に入信し修行せよ」とおっしゃったそうです。
 そうすればすぐに体は丈夫になるだろうともおっしゃいました。
 お婆はそれを信じ、独学で仏事を勉強し、最終的には高野山に修行に行き、徳度をうけて法名をもらい、以降自宅で拝み屋のような事を休みの日にはしておりました。
 ですのでいろんな悩み事を抱えた人達が、しょっちゅうお婆に会いに来ていた事を、今でもよく覚えております。
 私は部屋の隅で、大人たちの話を黙って静かに聞いているような子供でした。
 そして、お婆から聞いた話は不思議な話が多く、その中で一番記憶に残っているお話をしたいと思います。

 その話の時期に住んでいた家はとても狭く、家族6人が肩寄せ合って住んでいるという表現がぴったりの木造2階建ての家でした。
 2階部分には私と妹が寝るための2段ベットがある子供部屋と、お婆が居る部屋が横並びにありました。
 しかし物を置くスペースに廊下を取られたせいで、お婆の部屋に行くには子供部屋を通らないといけないようになってしまっておりました。  

 冬のある夜のこと。
 私は小学生低学年、お婆もまだ元気で仕事をしている頃の事だったと記憶しています。
 夜お婆が寝ておりましたら、真夜中に目が覚めました。
 むっくりと起き上がり、のどが渇いたので、部屋に汲み置きの水を飲みました。
 飲み終わった頃ふと気づくと、部屋の入口に見知らぬ女の子が静かに立っておりました。
 日本人形のように髪はおかっぱ頭で、来ているものは絣(かすり)の着物。たすき掛けまでしていたそうです。
 みるからにこの時代の子供ではないような、そして生きた人間ではないようなたたずまいで、無表情でお婆をじっと見ていたその子に、「ここで何をしているん?」と聞きました。  
 お婆は普段からそういう物をよく見て慣れており、またその子も嫌な気配を漂わせていなかったと言っておりました。
 もちろん少しは驚いたのですが、そのそぶりも見せずに、そっと聞きました。
 その子は一言「のどが渇いた、水をくれ」と言いました。
 お婆は部屋にあった湯飲みに水を入れてやり、これでよいかと聞くと、その子がそれでいいと答えたので、水をいれてやりました。
 その子は一気に飲み干すと、人形のようなその顔に少し笑みを浮かべて、湯呑を返したあと歩くでもなく、お婆のほうを向いたまま、すーうっと闇に消えていきました。
 お婆はしばらくぼーっとしておりましたが、次の日も仕事があるので、すぐに寝床に入って寝てしまいました。
 ところが次の夜、また同じ時刻に身が覚め、またのどの渇きを覚えたので、昨夜と同じように水を飲んでおりました。
 ふと視線に気づき、そちらを見やると昨日の女の子がやっぱり同じ格好でじっとお婆を見つめ、立っていたのです。  
 お婆は昨日と同じように水をやると、またその子はごくごくと飲んでしまいました。
 その時、なんの関係もないことなのですが、知り合いから気になる相談を受けていて、お婆にもよく原因が分からない話が気にかかっており、なぜだかその子に聞けば分かるのではないかと、ふと思ったのです。
 その相談事というのはある知り合いの家系の事で、その一家にはなぜだか男性が長生きしないという状態がずっと続いておりました。
 男の子が生まれても、成人するまでに死んでしまうか、万に一つで成人できても、やはり長生きはできず、若死にしてしまうということで、永年女系一族なのでした。
 その事をお婆に以前から相談しておりましたが、お婆にも全く思い当たるふしがないと首をかしげているという状態だったそうです。  
 お婆は聞いてみることにしました。
「○○さんちの事だけど、長い間男が育たんいうて、困ってはるんよ。あんた、なんか知ってるか?」
 と何気に聞いた瞬間、今まで無表情でただたたずんでいただけのその子が、いきなり顔が引きつったかと思うと「代官殺した罪じゃ!!」と吐き捨てるようにただ一言、言ったそうです。  
 お婆はびっくりしてしまいましたが、その一言で全て察しがついたので、もうそれ以上は、何も聞く気になれませんでした。
 その子は昨日と同じようにまた水を飲み干すと、すーっと消えていきました。

 お婆から話を聞いたのはそれからしばらく経ってからのことでした。
 お婆は「怖いもんやなあ。何代も前の先祖の罪が、今もまだ続くやなんてなあ」とぽつり独り言のように私に言いました。  
 小さかった私はその時、ある別の事に気を取られており、お婆に「なんでその子は水をもらいにきたんやろう」と不思議がっておりますと、お婆はバツが悪そうに、「ああ、それは、店で祀っている、えべっさんの水をお供えするのを忘れてたんや。もう大丈夫やで、お供えしたから、もう来うへんわ」とニコニコしながら教えてくれました。
 私はお婆の部屋に続く自分の部屋を通って、二度とそんなものが来ないことを、ただ祈っておりました。 

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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