懐かない犬

 旦那の仕事上の先輩から話してもらった怪談です。

 先輩のKさんは、若い頃は大阪に住んでいました。
 特によくつるんでいた仲間が二人いて、就職してからもお互いの家を行き来していたそうです。
バイクに乗ることが三人共通の趣味であり、 長く付き合いが続いたのは、その事も一因だったのでしょう。

 Kさんの友人を、Aさん・Bさんとします。
 Aさんには、同じバイク乗りの彼女がいました。
 彼等はいわゆるヤンキーではなく、当時ブームであった、ロードバイク好きのライダーでした。
 Aさんの彼女も、限定解除と呼ばれた難関の大型免許を有し、650ccのバイクに乗っていました。
 同じステージで趣味を共有できる彼女さんと、Kさん・Bさんも面識がありました。
 ただ、不思議なことに、Aさんのうちで飼っている犬が、彼女にだけは吠えかかり懐かなかったのだそうです。
 KさんやBさんには尻尾を振って歓迎してくれるのに、彼女だけとは折り合いが悪かったそうです。

 そんな彼女が仕事での転勤が決まり、Aさんとは大阪と北海道間での遠距離恋愛になってしまいました。
 就職して間もない2人では、なかなか会うことは叶わなかったでしょう。
 北海道に早い冬が訪れた初雪の頃、750ccのバイクに乗り換えていた彼女は、右折してきた対向車を避けようと握りゴケをして転倒した上、対向車の下に滑り込んでしまい、亡くなりました。
 彼氏、という立場は、このような時もどかしいものだと思います。
 身内ではない、婚約していたわけでもない、ご両親とは面識がない… 悲しみは大きいのに、何処へも行き着かない。
 多分、多くの人々がAさんにかける言葉は、「今は悲しくても早く忘れて云々…」ではなかったでしょうか。

 彼女が亡くなってから1週間ほど経って、Aさんは夢を見ました。
 彼女が家に訪ねてきて、バイクにそれぞれ乗り出掛けるのです。
 1日目は、大阪府道に出る交差点で目が覚めました。
 2日目は、府道にのって、西京道路に出る大きな交差点で止まったところでまた目が覚めました。
 3日目、西京道路から鉄道に向かう交差点で目が覚めました。
 4日目、彼女はまた夢の中で訪ねて来て、うちは〇〇までしか来れへんから、一緒に来て欲しい、と言いました。
 今度はバイクで西京道路から私鉄のアンダーパスを抜け、国鉄の踏み切りで止りました。
 遮断機が降りてきて、けたたましいカンカン、という音で目が覚めました。

 Aさんの近所には、踏み切りはありません。
 それなのに、あまりにもリアルな警音で目を覚まし、Aさんも何かを感じたらしいのです。
 そこで、友人達に相談するわけですが、KさんはもちろんBさんも、それは着いてったらあかんやつやろ! と諭しました。
 Kさんは、彼女がAさんの犬と折り合いが悪かったことをハタと思い出し、お前、犬玄関の中に入れとけ、と言いました。
 そして5日目、普段は外飼いの犬を玄関の土間に入れてやりました。
 犬は、嬉しくて上機嫌です。
 そして夜も更けて、案の定Aさんは吠える飼い犬に起こされました。
 犬は、様子を見に来たAさんには尻尾を振りながら、玄関に向き直ると、歯をむき出して唸ります。
 夢を見る時間帯がいつなのかははっきりしませんが、多分彼女が来たのだ、とAさんは思いました。
 玄関のドアを開けて確認しましたが、人の気配はありませんでした。
 その日、彼女の夢は、見ませんでした。
 6日目、夜中に犬は吠えましたが、夢は見ず、何事も無く過ぎました。
 そして7日目。
 〇〇までしか居られない、と彼女が夢の中で言った当日のことです。
 Aさんの家族がみんな出払ってしまい、夜は一人になる、というので、KさんとBさんは、Aさん宅に泊り込むことにしました。

 そもそも、泊まると言っても眠るつもりはなく、他愛もない世間話をしながら、三人は待ちました。
 Aさんの家は、玄関から六畳間・四畳半・八畳間が廊下一本でアクセスできる作りになっていました。
 三人は、四畳半の部屋にストーブを持ち込み、夜更けまで話し続けました。
 やがて、玄関の犬が吠え始めました。
 誰も部屋の外へは出ずに様子を伺っていましたが、しばらくすると犬が吠えるのをやめました。
 すると、玄関からの廊下を歩いて踏みしめる、ミシ、ミシ、という音が聞こえてきたのです。
 足音は六畳間と、3人がいる四畳半の前を通り過ぎ、奥の八畳間の中をグルグル歩き回りました。
 そして、八畳間を出て四畳半の方に足音は戻ってきて、ドアの前で止まりました。
 Kさんは、一番ドアに近い位置におり、他の2人と顔を見合わせてから、ソッとドアを押し開けました。
 暖かい室内にヒューッと冷たい外気が入ってきて、誰もいない廊下を確認したKさんが「なんや、何もおらんかったなぁ」と振り返ると、友人2人は目を剥いてドアの方を凝視しています。
「K、もう中におるぞ!」 と、Bさんが言いました。
 Kさんがドアを開けた時、黒いモヤが入って来たと口を揃えて言うのです。
 しかし、それ以降は何も見えず、3人はしばらくその場に留まっていたのですが、ストーブをつけているのに、どんどん部屋が冷え込んでくるのです。
 とうとう耐えきれずに、一同は八畳間に移りました。
 物音が耳に入らないようにテレビを付けていましたが、足音は夜明けまで廊下を歩き回っておりました。

 その後、Aさんは、彼女の夢も見なくなり、犬も吠えなくなりました。
 しかし、夜バイクで走っていると、彼女の声がする時があった、という事です。

朗読: りっきぃの夜話
朗読: 【怪談朗読】みちくさ-michikusa-

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