さらば相棒…狂気のパソコン

20年程前だったろうか。
まだ私が現役のライターとして活動している時代の話。

バブルの余韻は消えて不況の真っ最中、物書きなんて人種は全く重宝されない。
それだけになんでも食いついていかないと明日のコメも買えない。
ということでダボハゼなみにいろいろな仕事に食いついた。
やらなかったのは、アダルトとゲーム関係くらいか。
そんなこんなでありがたいことに毎日本当にすさまじい仕事量になった。
もともと医者から、あんたは人よりも図抜けて体力がないくせに、
人並み以上に頭が働いてしまう。
壊れるよ、と脅されていたのだが、確かにおかしくなりつつあった。

私がやっていた仕事は比較的夏場は暇になる。
そのつもりでいたら、はっきり言ってめんどくさいだけで
割の合わない仕事が来てしまった。
断ろうと思ったが、発注元のディレクターの顔もつぶせず、無理矢理受けた。
これが事件の始まり。
とにかく客先がわけのわからん奴で、毎回打ち合わせをするたびにコロコロいうことが代わるし。
方向性が見いだせない。こちとらはたまるのはストレスだけ。

秋口になって、次年度の仕事も入るし、
早く片付けたかった私は「これで最後」とディレクターを脅しつけ、
縁切りするつもりで思いっきり力を入れた企画構成案を提出した。
ここが私の限界だった。

事務所に帰って一服しようとしたら、
まったく体が言うことを聞かない、異常に眠い。
飯も食う時間を惜しんでいたのに腹も減らない。
気が付けばパソコンデスクの前でほとんど昏睡状態になっていたようだ。
その時、たまたま事務所に遊びに来たのが、
事務所のすぐ前にある小屋で公演をしていた芝居仲間の女性。
小屋もはねたから飯でも食いに行こうというつもりだったようだ。
図体もでかく態度もでかいその彼女が、柄に合わない甲高い悲鳴を上げた。
「なんじゃこりゃ!おい隅野・隅野!」
と絶叫している。まだこちらは頭フラフラ、半分意識もうろう。
彼女に頭をどつかれてようやく目が覚めてきた。
目が覚めた私も、目の前を見て絶叫した。

愛用のパソコン画面がとんでもないことになっていた。
まだカラーディスプレィなどという洒落たものはない、
にも拘らずモニター画面は真っ赤に染まっている。
その上にはいろいろなフォントやサイズが入り混じった状態で
「フフフ「ハハハ」の文字のオンパレード。
文字通り,パソコンに哄笑されていたのである。
次の瞬間には、手元にあったコーヒカップか何かを思いきり画面にたたきつけて破壊していた。
長く付き合ってくれた相棒だったが、もう怖ろしく見てられなかった。
女友達には叱られ、翌日には病院に直行。
ついた診断は精神的疲労による幻覚ということで、
睡眠薬と安定剤を処方してもらった。

それから同様の事件は起きなかったが、これがあって以来、転職を決意した。
ただこれがタイミングも悪く、
転落の人生の第一歩になってしまったのだが…。
相棒は私の先行きを示してくれていたのか。
それとも酷使されたことを恨んでいたのか。

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