併走する女

 学生時代の話であるから、もう40年近くになるか。
 私は夜間部に通っており、講義が終わった後も短時間ではあるがサークル活動などもしており、帰りはいつも11時ころだった。
 そのサークルのキャプテンを務めていたのが、昼間は公務員をしながら大卒資格を取るために頑張っていた男。
 生真面目でスポーツ万能、仕事柄もあって酒も飲まない真面目人間だった。
 しかも大変なのは自宅が隣県にあり、自動車通勤・通学でどうやっても1時間はかかる。
 私も後年、その方面に引っ越したのだが、国道を走るとやたらに大型トラックは多いは、暴走族が出没するわで鬱陶しいことこの上ない。
 それで裏道、というわけではないが、隣県と結ぶためだけの県道をよく利用していた。ただしこれが曲者で、タクシーの運転手でさえ嫌がる道路。
 まず第一にやたらうっそうとして暗い、街灯も少ない。
 山道を切り開いているから当然のように片側一車線、カーブは多いし、ちょいと外れると産業廃棄物の処分場があり、大型車も結構出入りする環境。
 それでも国道を走るよりは、大分時間が節約できた。

 ある雨の夜、相も変わらず講義の後にだべっていた私たちだが、いつもなら最後まで付き合うキャプテンが、「今日は用事があるから」と、9時頃に早々と引き上げていった。
 愛車は自慢の真っ赤なロータリークーペ。彼にしてみりゃ走りなれた道だし、通常なら1時間もかからずに帰宅出来る。
 ところがである。抗議後、まだだべっていた私たちの前に真っ赤なクーペがものすごい勢いで飛び込んできた。
 彼だ。
 顔色は車の色と正反対で青ざめたを通り越して真っ白になっている。
 どうしたんだといえば、前述の通り山の中の一本道、片側は山を切り開いた絶壁もしくは雑木林。ふだんは静かなもので、気持ち悪いくらいの場所だ。
 そこから、何かの気配を感じたという。
 ときどき猪なども出没するから、また出たなと思ったらしいが、明らかに動物の感じではない。ただ空気が動いているだけ、と感じたという。
 気になって山側を見て奴は驚いた。
 80kmは出ている車の10メートルくらい上を、真っ赤なワンピースを着た女が並走しているのだ。
 しかもスピードに変化をつけてもぴったりついてくる。
 その時、なぜか急に女がこちらを覗き込んだ。
 見ちゃいけない、と思っても目が離せない。
 その顔は、巨大な黒目だけがぎらぎら光り、その癖ほかの部位はわからないとにかく恐ろしいん野だったという。
 そのまま家に逃げ帰ろうと思ったが、たまたまその日早く帰ったのは、家人が留守になるから早めに帰ってくれと言われたことだったにも気が付いた。
 もう怖くて一人ではいられない。
 狭い狭い非常駐車帯に頭を突っ込み、反対側の雑木に車をこすりながら、Uターンし、大学へ逃げ帰ったというわけである。
 その場所は有名な観光旅館があり、シーズン中はにぎわうが季節を外れると人気もないうえに、幽霊旅館と呼ばれる当時から有名だった心霊スポットのある場所だった。
 しかしおかしい。
 その心霊スポットに出るのは中年男、旅館の番頭をしていた人間が首つり自殺をした例だといわれている。
 女の目撃談は聞いたことがない。

 そして数日後、新聞に小さな記事が載った。
 その道路奥で女の惨殺死体が発見されたと。
 どうやら赤いワンピースで殺害された後、遺棄されたものらしかった。
 ふだんは霊感も何もないリアリストの彼が、一度で幽霊肯定派に代わってしまったのも無理はない 。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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