勝手に開けるな

昔々の話、私が付き合いがあった雑誌の編集部は、ある生命保険会社のビルの1フロアを借り切っていた。
十分に広さもあり、作業環境は最高なのだが問題が一つある。
商売柄か、やたらビルのセキュリティがうるさいのである。

夜8時を超えると、1Fの正面も非常口もすべてオートロックされ、上にあがろうと思うと、わざわざ電話して中にいる人間に開けてもらわなきゃいけない。
この商売、夜8時などと言ったらまだまだ宵の口。
いちいちでいるが面倒くさくて仕方ない。
ところがよくわからないが、私が裏口に回ると、必ずと言っていいほどかぎがってに開くのだ。

当然、中にいる人間はびっくり仰天。
どうやって入ってきたんですか?
といわれても勝手にドアが開くのだから仕方がない。

そんなことがしばらく続いた後、あることにふと気づいた。
私がドアの前に立つと、なぜか動物らしきものが必ず横切るのだ。
するとドアが開く、という感じ。

私も霊感はあっても、本格的に修業したわけでもないしよくわからないままだった。そんなとき、編集部に入った新人の女の子はお寺の娘さん。

私の顔を見て、いきなり笑い出した。
なんだよ失礼な奴だな、とか思っていたら、
「隅野さん、いつも何連れてるんですかぁ」
とまたまた大笑い。

聞けばこのビル、もともとお稲荷さんがどこかにあったらしく、それをどかして立てているのだという。

そして私、なぜか狐とタヌキが私について歩いているらしい。
その波長が合ってしまうから、勝手にドアが開くと聞き、唖然とするばかり。

そういえば一回、田舎に取材に行ったとき、妙に人懐っこい狐に頼まれて、車に乗せたことがあったのを思い出した。
どうやら奴、隣町の山まで帰りたかったようだが、疲れて面倒くさくなったらしく、たまたま通りかかった私にくっついてきたというわけ。

どうやらいまだに恩返しのつもりで、背中についていてくれるようだ。

朗読: 榊原夢の牢毒ちゃんねる

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