出る家

最近話題の事故物件だが、
ミカの家は事故物件でもないのに、よく幽霊が出る。

ある日ミカが、1階の茶の間でテレビを観て寛いでいると、
突然2階から、ダダダダダッと物凄い勢いで、姉が階段を駆け下りてきた。
「どうしたの?」 驚いてミカが尋ねた。
「自分の部屋で漫画を読んでたら、『フフフ……』と笑い声が聞こえてきて、
顔を上げたら、学生服に学生帽を被った男が立ってて、本を覗き込んでた」
姉は、蒼ざめた顔で言った。

また別の日には父親が、階段を踏み外して落ち、
骨折するという大怪我を負った。
「誰かに、背中を押された」 痛みに呻きながら父親は言ったが、
その時、家族は全員1階で過ごしており、2階には誰もいなかった。

そして高校生の頃。
ミカは2段ベッドの下の段で寝起きしていた。
姉は大学進学の為に、家を離れて暮らしており、
ベッドを使っていたのはミカだけだった。
仰向けで寝ると、当然目の前に、上の段の底が見える。
ミカはそこに、当時大ファンだったロック歌手の等身大ポスターを貼り、
朝な夕な眺めて過ごしていた。
その日、いつもは動画を観たり、SNSで友達と絡んだりしながら、
夜遅くまで起きているミカだったが、疲れていたのか、
何故か眠くて仕方がなかった。
夕食を食べ終えて自分の部屋へ戻ると、スマホを開く元気も無く、
ベッドへ倒れ込んで寝てしまった。

「オイ……、オイ……」
どれくらい寝ただろうか。
男の声がミカの眠りを妨げる。
「オイ……、オイ……」
この家で唯一の男は父親だが、その嗄れた声は、父ではない気がした。
ミカは夢心地の脳で、そう判断はしたが、
その声の人物が、例えば強盗とか、またはうら若き乙女を狙うレイプ魔とか、
そんな事を思い付く程には、覚醒していなかった。
「オイ……、オイ……」
男はしつこく声を掛けてくる。とうとうミカは瞼を開いた。
部屋の電気は点けっぱなしになっている。
横向きで寝ていたミカは、顔を少し動かし、部屋の中を見回す。誰も居ない。
「オイ……、オイ……」
男の声は、上から聞こえる。
すっかり目が覚めたミカは、パッと身体を動かし仰向けになって上を見た。
そこにはポスターのロック歌手が、笑顔でミカを見下ろしている。
「オイ……、オイ……」
ロック歌手の唇が動いた。
男の声は、そこから発せられているものだった。
「えっ……」
ミカは驚いて、ポスターを凝視した。
「オイ……、オイ……」
ロック歌手の顔が、突然歪んだ。
そしてそれは、皺だらけの老人の顔に変化し、ポスターから浮かび出てきた。
「キャーッ!!!!!!!」
ミカは恐ろしさに悲鳴を上げ、ベッドから逃げ出そうと立ち上がった。
パニック状態だった為、そこが2段ベッドの下であることをすっかり忘れていた。
勢いよく立とうとしたせいで、ミカは自分の額を、
ポスターの顔にガツンッと、思い切りぶつけてしまったのだ。
「痛たたたーっ」
激痛でベッドから転げ落ちたミカは、床の上に這いつくばり、暫く悶絶した。
やがて痛みが少し和らぎ、顔を上げてベッドを見ると、
そこには老人の姿は無く、ポスターのロック歌手が素敵な笑顔を見せていた。

「その後は、アイスノンでおでこを冷やしながら、またベッドで寝たよ」
額に小さなたん瘤を作ったミカが言う。
「同じベッドで、また寝たの?よくそんな事ができるね。怖くないの?」
「うん。もうね、あのお爺さんは、出てこないと思ったの」
「どうして?」
「だって、私の頭がぶつかった時にね『ウッ!』って、声がしたのよ。
お爺さんの方も、相当痛かったと思うよ」

その家に出てくる幽霊は、毎回違うモノだという。
家族4人の内、父親も、姉も、そしてミカも、
その家で霊体験をしているのだが、
何故か母親だけは、全く何も見ることが無いそうだ。
おわり

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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