仏面からじいさん

学生時代の友人であるKから聞いた話です。

今から35年以上の前のこと、Kがまだ小学校にあがる前、5歳か6歳くらいのことです。
Kの母方の祖父が病に倒れ、そのまま昏睡状態に陥りました。
その祖父にはKを含めて何人かの孫がいましたが、Kは
「どうやら自分だけはじいさんにあまり好かれてないな」
と幼心にぼんやり感じていたようです。

ある日のこと、Kが母親に連れられて病院に祖父のお見舞いにいくと病室にはすでに先客がいました。
母親の姉とその娘のFです。
当時FはKよりも何歳か年上の小学生で、
当たり前ですがKから見て“いとこ”ということになります。
そして祖父にとってFはかなりのお気に入りの孫だったようです。
Kはベッドに横たわる昏睡状態の祖父に歩み寄り
「おじいちゃん、おじいちゃん」と呼びかけながら祖父の手を軽く握りますが、当然の如く何の反応もありません。
今度はいとこのFがまったく同じように
「おじいちゃん、おじいちゃん」と呼びかけながら手を握ると、
なんと意識のないはずの祖父の手がFの手を弱々しくではあるものの握り返すではありませんか。
しかも心なしか、その表情も穏やかになったように見えます。
KとFは驚いてお互いの顔を見合わせました。

好奇心旺盛な子供のことです、Kは今一度、
「おじいちゃん、おじいちゃん」と呼びかけながら手を握りました。
するとその手はやはり無反応、顔つきはやや険しくなったような気もします。
次は再度Fの番です、そうするとやはり先ほどと同じように握り返してきます。
3回、4回、5回、不謹慎ながら実験でもするかのように何度も何度も2人は同じことを繰り返しました。
結果は何度やっても同じ、Kには反応せず表情が険しくなる、
そしてFの手はにぎり返し表情が緩む、この繰り返しだったのです。
Kはこの奇妙な体験で「やっぱり自分は嫌われている」とより明確に認識するに至ったそうです。

それから数か月の後、結局最後まで祖父は意識が戻ることの無いまま他界しました。
間もなくして、お通夜が営まれることになりました。
時代的・地域的な背景もあってかどうか、その通夜は現在では一般的になっているようなセレモニーホールでの開催ではなく、
祖父の自宅(Kから見たら母の実家)で執り行われました。
Kもそのお通夜に参列し、幼いながらもお行儀よくプログラムをこなしていました。
式が始まり数時間が経過して、仏間で納棺された遺体の前でお坊さんがお経を読んでいます。
この手の催し事において、小さな子供にとってもっとも苦痛な時間です。
退屈していたKは仏間前方の柱に掛けられた青銅製の仏面がふと気になりました。
その仏面をしばらく見つめていると、なにか淡い光のようなものがモヤモヤとしています。
不思議に思い、なおも眺めているとやがてその光はハッキリとした形を取りました。
驚くべきことに、それは死んだ祖父、
今まさに執り行われているお通夜の主役である祖父の顔だったのです。
青銅製の仏面に覆いかぶさるようにして、祖父の顔はKの顔をじっと睨んでいます。
Kの両親や他の参列者達は正座をしてお経を聞いていますが、
どうやら大人も子供も誰一人この顔に気づいていないようです。
Kが動揺してたじろいでいると次の瞬間、更に驚くべきことが起きました。

その顔があたかも3D映像のように仏面の前から飛び出してKの顔面のまさに鼻先まできたのです。
祖父の顔はなおも恐ろしい鬼のような形相でKを至近距離から睨みつけると、
その数秒後にパッと消えてしまいました。
この時のことをKは
「幽霊が怖いというよりも、山で熊にでも出くわしたような感じでとにかくビビった」
と話していました。

話を聞いた私も怖さ云々よりも、
「死してなお幼い子供に憎悪を全開にするじいさんっていったい・・・」と何とも言えない気持ちになりました。

その後も鬼籍に入ったKの祖父があの世からKに憎悪の念を送り続けたかどうかは定かではありませんが、
Kは長身でそこそこイケメンの男子に成長しサッカーで県選抜に選ばれるなど女子にモテモテの学生生活を過ごしました。
私とKとは住んでいる地域がかなり離れていることもありいつの間にか疎遠になってしまいましたが、
仕事の方でもかなり成功していると風のウワサには聞いています。

「憎まれっ子世に憚る」、昔の人は上手いことを言ったものです。

朗読: おひるね怪談

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