聞こえてくる

どうしても昔の商売柄、車にかかわる事件は数多く体験している。
これは怖いというよりも、心底気持ち悪かった話。

舞台亜中部と関西を隔てる県でのこと。
そのあたりはもともと本当に田舎道で、何もない場所だったのが、土地の安さも相まって、やたらラブホテルやモーテルが林立する地域に代わった場所だった。

当然、そうなれば治安も悪くなるし、柄の悪い連中もよく出没する構図になってしまった。 まあ言わずと知れた性犯罪や売春、さらには薬物事件などもよく発生していたようだ。

たまたまその頃、私の相棒の女性の自宅が底を通り越した場所にあり、深夜には一人で帰宅させることもできず、事務所から1時間以上の距離を送り届けて帰るのが常態化していた。

そんなある雨の夜である。
担当していたシャンソン歌手の叔母さんのわがままで、ステージプランニングが無茶苦茶になり、帰宅は丑三つ時に。
おまけにしとしとと降る冷たい雨と、気分は最低。

それでもまあいつものごとく、帰宅の車の中でもCDをかけっぱなしにしながら打ち合わせの延長を行っていた。
二人とも疲れ切っていたこともあり、口数もいつもより減っていた、すると突然、CDがピタリと停止した。
あれおかしいな、と思ったら、いきなりカーラジオのほうが作動し始めた。

二人とも顔を見合わせて、何か触った?とお互いに問うがもちろん答えはノー。
するといきなり本当にか細い声で「助けて、助けて…」という女の声がラジオから聞こえてきた。

ぞっとした私は慌ててラジオのスイッチを切ろうとするが、もともと電源が入っていない。にも拘らず声は全くやまない。
むしろボリュームはどんどん上がってくる、しかもその声の回転数が異常に遅くなっていく。

「たーすーけーてー」
「たーすーけーてー」
とエンドレスで流れてくる。

二人とももう顔色もない。
雨の滑りやすい道路にも拘らず、強烈にアクセルを踏み込んで車をすっ飛ばした。するとしばらく行ったところに私鉄のガード下に出る地点にさしかかった。

するとそこで突然声がやんで、車の中はいっぺんに静寂へ…。
後は一目散に彼女の自宅へと逃げ込み、一晩停めてもらった。

翌日、新聞を見るとそのラジオが始動した場所の近くのホテルで、風俗嬢が斬殺される事件が起きていたことが分かり、再び寒気が襲った。
あれはその被害者の断末魔の悲鳴だったのか。
二人とも多少なりとも感が強いために、その声を拾ってしまったのか。

翌日、二人で出勤する羽目になったのだが、その道路はどうしても通る気にならなかった。あの異常な回転数の声が当分の間、二人とも耳から離れず、仕事にならなかった。

朗読: 【怪談朗読】みちくさ-michikusa-
朗読: 怪談朗読と午前二時

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