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タルパ

タルパというものをご存知でしょうか。

類似したものはたくさんありますが、
一番有名なのはタルパ(またはトゥルパ)だと思います。

チベット密教の高僧が習得する一種の降霊術なのですが、それは他の降霊術とは違い、かつてこの世に生きていた人物の降霊ではありません。
全くの無から独立した人格を持つ人工精霊を生み出すという、かなり高度な呪術で、作り出したそれは主人である術の執行者の意思とは別に、立ったり座ったり歩いたり、主人に話しかけてくるのだそうです。

小さな子が、周りには見えていない誰かと遊んでいるような、イマジナリーフレンドのさらに高次元のものだと考えていただけると合点がいくと思われます。

今の世の中、インターネットなどで検索すると、タルパの作り方についてかなり詳細に記述されたウェブページを、簡単に探し当てることができることでしょう。

もっと深いところでお話しすると、タルパを作り出し、
それらと一緒に生活しているという人のブログまでヒットすることがあります。

タルパというものの性質上、私たちにそれらの真偽を判断をすることは不可能ですが、なかなかに真に迫る内容のものが多く、単純に読み物として楽しんでいただく分には非常に興味深いものもあります。
タルパと誕生日を祝いあったり、口喧嘩をしてしまったりしたエピソードなどを読むと、巷に溢れる怪談や都市伝説よりも、信憑性といいますか、現実味があるといいますか、どこかで本当に起きているかもしれない出来事のような気がしてくるのです。

しかしながら、タルパの術を知ったとしても、それを実行に移すことだけはお勧め致しません。 面白い話というのは、人から聞くからこそ面白いと感じるものであるというのは常であります。

前置きが長くなってしまうのが私の悪い癖なのですが、これは私が大学の同じゼミの友人から聞いたお話です。

ゼミの飲み会が終わった深夜のこと、ゼミメンバーと大学の最寄駅へと向かう途中、その友人から、 「ちょっといいか」 と、呼び止められました。
みんなが駅の階段へと吸い込まれていく中、私と彼は立ち止まり、
「相談したいことがある」 ということなので、駅から少し歩いた深夜営業の喫茶店に向かいました。

終電間近ということもあって、普段は学生で溢れる店内もガラガラで、ボックス席に腰を下ろすなり、彼はこう切り出しました。

「お前がオカルトに詳しいって聞いてから、ずっと相談したいって思ってたんだけどさ。お前、タルパって知ってるか?」

「え? どういうのか知ってはいるけど、なんでまた?」

オカルト好きな私に、ゼミの仲間たちはよく心霊相談に乗ってくれと無茶なことを言ってくることが多々あったのですが、オカルトの中でもマイナーな分野である呪術についての話を振られるとは思っていなかったものですから、面食らってしまいました。

「俺さ……この半年間、タルパと暮らしているんだ」
「へえ」

珍しい話ではありませんでした。
現代日本でも先に述べたようにタルパの作成に成功したという人は数多くいるので、話の流れから察することができましたが、やはり面と向かって言われると眉唾物ではありました。

私のようなオカルト好きには霊感があると自称する人がよく集まるのですが、話す内容がめちゃくちゃで……ということはよくあることなのです。

「俺は友達も少ないし、彼女も居ないし。家に帰ってもネットでチャットしたりする相手もいるわけじゃないから、毎日孤独で辛かったんだ」

そんな孤独な毎日を過ごす内、彼はインターネットでタルパの記事にたどり着き、実行に移したということなのです。

彼がまず行ったのは、当時彼が好きだったアニメの美少女キャラクターの画像をA3サイズほどまで拡大して印刷し、毎晩寝る前に壁に貼ったキャラクターに話しかけるということでした。
ただ話しかけるのではなく、まるで会話するかのように、相手の相槌の内容なども想定しながら話す、いわゆるロールプレイを一人で行っていたのです。

そうしたロールプレイを続けて一週間ほど経ったある夜、いつものように壁の絵に話しかけていると、 「こっちだよ」 と話しかけられたのだそうです。

声がした方を向くと、そこには自分のデスクがあり、パソコンチェアの上に、セーラー服を着た少女が座って彼に向かって微笑んでいました。

その服装はさっきまで話しかけていたキャラクターと同じで、質感だけが三次元の人間と同じもので、幻覚というにはあまりにもはっきりと見えていたのです。

「誰?」

尋ねる彼に、その少女は自分の名を名乗りました。
その名前は女性名でしたが、壁の絵のキャラクターの名前ではなかったそうです。 彼はタルパの作成に成功したと確信しました。

それからは毎日、彼はタルパと過ごすことになりました。

朝目覚めると、枕元に座ったタルパが彼に笑っておはようを言う、話だけ聞けば私も羨んでしまうようなシチュエーションから始まり、大学へ向かう電車の中でも、いつもは一人ぼっちの学食の中でも、“彼女”は彼の側を離れることなく、寝る前の枕元でのおやすみの声で眠りにつくという、彼が求めていた毎日が始まりました。

そんな日常が続いて2ヶ月ほど経った頃。
大学から帰った彼が実家の自室へ入ると、いつものように“彼女”はベッドに腰掛けて漫画を読んでいました。

この頃にはすでに友人の作り出したタルパは能動的に行動するようになり、簡単な要求なども主人である彼にするようになっていました。
孤独だった彼にとって、タルパの存在は大きなものになっており、寂しい部屋は落ち着く空間となっていました。

タルパの隣に座り、たわいも無い話をしていると、リビングから夕飯の支度ができたと母が呼ぶ声がしました。
それが起きたのは返事をしながら立ち上がり、部屋から出た時のことでした。

部屋から踏み出したはずの足が、また、彼の部屋の床を踏んでいたのです。
そして、後に続いた二の足が、彼の部屋の外から中へ。
出たはずの部屋に、そのまま戻ってきていたのです。

なんだこれは?
不思議な気持ちで踵を返し、また部屋を出てリビングへ向かうと、リビングの食卓は箸の一本も置かれていない、綺麗に片付けられた状態で、彼の両親がソファに座ってテレビを観ています。

夕飯の準備は?と聞けば、母親が怪訝な顔をして、さっき食べたばかりだろうと答えるのです。
釈然としないまま部屋に戻ると、タルパは引き続きベッドに腰掛けて漫画を読んでいました。

その日を境に、彼の過ごした一日の感覚が所々飛んでしまう体験が増え始めました。 朝起きて気がついたら大学の講義室に居たり、トイレで用を足そうと扉を開けて入った先が自分の部屋で、時刻はすっかり夕方になっていたりと、ただ日々をボーッと過ごしていたでは説明がつかないことが重なりました。

何かがおかしいと友人が恐れだしたころ、
ついには朝目覚めて大学へ行こうとリュックサックを手に取った次の瞬間、彼はリュックサックを自室の床へ下ろしていました。

まさかと思って時計を見ると、時刻は夜の7時過ぎを指していました。
震えながら顔を上げると、ベッドに腰掛けて漫画を読む”彼女“の姿がありました。

「あれ?」

彼はそこであることに気づきました。
タルパがその手に持ち、読んでいる漫画。
こんな本、自分の本棚に無かったのに。

「その本、どうしたんだ?」
「どうって、今日一緒に本屋で買ったじゃん。前から気になっててさー」

そんなはずはないんです。 “彼女”が読むそれは、少女漫画でした。
友人は今までの人生で少女漫画というジャンルにまったく触れてきていなかった上、買った覚えなど無かったのです。
慌てて彼は自分のサイフを漁ってみると、中から今日の日付の書店のレシートが見つかりました。 そこには少女漫画の題名が記載されていて、確かに彼のサイフから出たお金で購入されていました。

「お前……今日何してた」
「何って、いつも通り大学に一緒に行って、終わったらお気に入りの本屋さんで立ち読みして、気に入った本があったら買ってさ」

そんな記憶、彼にはカケラも残っていませんでした。
彼は恐る恐る、“彼女”に尋ねました。

「お前、今まで俺が意識のない間、何やってたんだよ」

長い沈黙の後、彼のタルパは深いため息をついてから口を開きました。

「だってあなたばかりずるいじゃない。私だって、いろんなとこお出かけしたいのに。あなたって友達少ないからどこへもいかないし……まあ、でも、ありがとう。あなたのおかげで色々なところへ行けたから」

それを聞いた友人は、慌ててまたサイフを確かめました。
すると、見覚えのない水族館や美術館の半券や、クレープやらパンケーキやら、およそ彼が自分では行ったり食べたりしないもののレシートが出てきたのです。

「お前、俺に何をした」

半泣きになりながら友人がなんとか一言絞り出すように言うと、
「何も。ただ私はあなたと一緒に居るだけ。これからも、ずっと」
ここまで語って、彼は震えながら私に問いました。

「このところずっと記憶がないんだ。助けてくれ……教えてくれ。どうすればタルパは消えるんだ?」

彼の表情から、これがよくある眉唾な話ではないことがわかった私でしたが、そんな彼の表情がなんの前触れもなく無になりました。
本当に、なんの前触れもなく。
そして彼はおもむろに立ち上がりました。

「ごめん、帰るわ」
「はあ?」
「それじゃ」
それだけ言って彼は足早に喫茶店から出て行ってしまい、後には私だけが深夜の店内に残されてしまいました。

店員のお兄さんがお盆からお冷やのグラスを3つ、テーブルに置いてキッチンへと戻って行くのを眺めながら、なんとなく友人には二度と会えないんだろうなと感じていました。

何度でも言います。
タルパを作ることはお勧め致しません。

私たちは普通の人間で、チベット密教の高僧のような強い精神力など持ち合わせていないのですから。 そして、彼が相談してきたタルパの消し方についてですが、タルパをチベットの高僧が消したという記録こそあれど、明確な消し方について詳細に記述された文献に、私はまだ出会っていません。

タルパが好きで複数人作ってしまう人もいらっしゃるようですが、そうしたベテランの人たちの間では、 「一度生まれたら死ぬまで一緒」 というのが常識なのだそうです。

興味本位で試してみてはいけません。
面白い話というものは、人から聞くから面白いのですから。

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