CA

7年ほど前の海外出張での出来事。
当時私は、商社でトレーディングの仕事をしており、
1ヶ月に2〜3回は海外出張という多忙な日々を過ごしていました。

その日も、出張先での一連の仕事を終え、
ヘトヘトになりながら深夜発の日本へ帰国する便に乗り込みました。
私の他に乗客は5〜6人いたでしょうか。
とても閑散としていました。
恵まれた話ではあるのですが、当時は会社の計らいで、
私のような平社員でもビジネスクラスに乗ることができました。
ビジネスクラスでは席に座ると、乗客ひとりひとりの元へ、
客室乗務員(CA)の方がウェルカムドリンクをトレイに乗せて挨拶に来ます。
そして私の座席にも一人の女性が挨拶へ来ました。
以下、このCAをAさんとします。
「〇〇様(私の名前)、ご搭乗頂きありがとうございます。
私、〇〇様のお世話をさせて頂きます、Aと申します。
狭い機内ではございますが、ごゆっくりおくつろぎください」
明るく上品な口調で、素敵な笑顔で私に挨拶をするAさん。
しかし、次にウェルカムドリンクのグラスを私に手渡す時、
彼女の視線が私の顔の少し上ぐらいに移り、素敵な笑顔からほんの一瞬、
眉を潜めた表情を見せたのを今でも覚えています。
そして、彼女はどこか不安さが残る笑顔を作り、
「御用がございましたら遠慮なくお申し付けください。
それでは失礼致します。」 と言い残し足早に去っていきました。

そうこうしてるうちに飛行機は離陸。
やがて機内食が運ばれて食事を済ませると、照明が落とされて機内はおやすみモードへ。
私は疲れていたのもあり、耳栓をし、座席をリクライニングにしてブランケットを被りすぐ眠りにつきました。

どれくらいの時間が経過したでしょうか。
ふと目が覚めました。
体が動きません。 「(金縛り?)」
金縛りには今まで何度か遭ったことはあるのですが、よく怪談話に出てくる『足元に女の幽霊が立っていた』とか
『上に乗っかってきて首を絞められた』などといった経験もなく、
単に疲労から来るものでした。
「(この金縛りもその類だろう)」
頭の中は至って冷静でした。 あの声が聞こえるまでは。
「お客……様ぁ……」
その声は女性で、呻き声に似たものでした。
軽く寝ぼけていたこともあり、最初は先程のAさんが金縛りにあってる私の異変を察知して声をかけてくれたのかと思いました。
でもおかしいんです。
私がいるのは通路側の座席で、窓側の隣の座席は空席です。
その声のする方向は、通路側ではなく、誰もいない筈の窓側から聞こえてくるのです。
しかも今私は耳栓をしているのに、その声ははっきりと聞こえます。
「お客……様ぁ……」
自分の背中を汗がたらりと伝わってるのがわかりました。
「(ヤバイヤバイヤバイヤバイ)」
すると、窓側の座席のほうからすぅっと、徐々に、
女性の顔が私を覗き込むように視界の左端から見え初めました。
その女性はニヤリと笑っており、胸元辺りまで姿を表した時、
私は気絶しそうになりました。
彼女の首は伸びっきており、90度にグニャリと曲がってました。
制服らしき服装をしているのですか、Aさんが着ていた制服とは違いました。
「お目覚め…ですかぁ…?」
私は目をギュッと閉じ、心の中で昔仏教を信仰していた祖母が唱えていたお経を唱え始めました。

かれこれ数分はたった頃でしょうか。
肩をポンポンと叩かれました。
恐る恐る目を開けると、そこにはAさんがしゃがんた格好で心配そうに私を見てました。
あの首が曲がった女性は消えていました。
Aさんは全てを察していたかのような口ぶりで、
「大丈夫です。もう大丈夫です。お水をお持ちしました。」
とペットボトルのミネラルウォーターを差し出しました。
私は水を一気に飲み干し、思わずAさんに訴えました。
「さっき首の曲がった女性がそこの席から…」
するとAさんは、周りに聞こえないように小声で次のように教えてくれました。

10年ほど前、Aさんが航空会社に入社する前のこと。
私が出張先でいた国のとあるホテルで、一人のCAが浴室で首を吊って亡くなったそうです。
その女性にどんな事情があったのかまでは明らかになってはいませんが、
Aさんの会社の中では婚約破棄をされたのが引き金となったのではないかと噂されているそうです。

最後に余談ですが、そのAさんは後に私の妻となります。
今では、あの時の首の曲がった女性の霊よりも怖い存在です。

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