実家

 高校生の時に親が土地を新しく購入し、今の実家を新築した。
 今までの古い家では、家族全員が何かしらの怖い体験をしており、引越ししてからはないだろうと思っていたのだが、いつの頃からかおかしなものを見たり、感じたりするようになってしまった。

 実家は玄関をあがると廊下が真っ直ぐあって、廊下を囲むようにリビング、和室、バストイレ、階段があるのだが、その廊下に何者かがいるようだった。
 姿形ははっきり見たことはない。
 でも40歳くらいの男性という事は何故か感じていて、そしていつもその廊下からリビングを伺っている。
 リビングのドアはガラス張りで、リビングから誰かが立っているのはわかるのだが、パッとそちらを確認するとスっと消えてしまう。
 廊下を歩いていると、クローゼットの影から息を殺して佇んでいるのがわかる。
 とにかくいつもいるのは分かるのに、なかなかハッキリと姿を見せることは無かった。
 それに廊下から移動する事はなく、リビングや和室に入ってくることも無かったためどこか楽に構えていたところがある。
 今思えばなのだが、まるで私たち家族の動向や隙を狙っていたのかもしれない。
 または気づいて貰いたくてなのか、時間をかけ少しずつ存在をアピールしてきた。
 動ける範囲が廊下より少し広くなり、階段に立っていたりリビングを抜けキッチンのそばに立っている時があった。
 そこまでは家族の中で私だけが気づいていただけだったが、ある年のお盆。

 集まった従姉妹達の子供をリビングの床に座らせて遊ばせていたのだが、それを私の兄がデジカメで写真を撮った。
 丁度、リビング内からドアにカメラを向けていたのだが、撮った写真を見てみると明け放れたドアが廊下に向いており、光の反射でドアのガラスに廊下がボヤっと写っていた。
 そのガラスドアの下の方、床に頭をくっつけるようにしてこちらを見つめる男の青白い顔が写りこんていた。
 兄弟や従姉妹達は大騒ぎしていたが、私はああ、こんな顔だったのかと考えていた。
 それと同時に嫌な感じがした。
 今までより露出が増えていることが不気味だった。

 程なく私は家庭の事情で一旦家を出たのだが、2年後に戻ってくる。
 今まで私の部屋だった場所は姪っ子の部屋となり、空いていた2階の和室をあてがわれた。
 その和室は引き戸で、部屋の真正面に窓がある。
 左側はベランダ、右はタンスが並び必然的に私のベッドは窓側壁に沿って置かれることになった。
 ある夜、寝ているとガタンと音がしてスっと引き戸が開く音がした。
 当時我が家では猫を飼っており、ねぼけながらも猫が入ってきたと思った。
 猫飼いなら分かるかもしれないが、猫は引き戸程度なら自分で開けられる。
 いつも私の布団に入って来るのでその時もそうだと思った。
 ところがいつもなら直ぐに布団に猫が乗ってくるあの重みが感じられず、ん? と思い起きると、部屋の引き戸が20センチ程開いていた。猫はいない。
 すぐ察知した。空気がもあっと重い。
 恐ろしくなり、布団を顔まで上げ壁の方に向く。
 このまま眠れたら、そう思った瞬間私の布団がめくれた。
 ゆっくりと布団の端が持ち上がり冷たい空気が私の背中を撫でた。
 恐ろしい体験をした人はふたつに別れると思う。恐怖で何も出来ないか、怒りに変わるかどちらか。
 私は咄嗟に手を伸ばしめくりあがった布団を叩き落とした。
 無我夢中だったのであとから気づいたが、あの感じだと布団はかなりめくられており、寝ている私の目線から布団の端が見えていた。
 それこそ誰かが布団の端を掴んで持ち上げたように。
 バフっと布団が落とされ、その後も数回私は布団をバスバスと叩いていた。一度起き上がり確認する。
 ドアは開いたままだったので閉めにいった。
 あの空気は無くなり、いつもの夜の静寂。
 それがあったからかはわからないが、その後それっきり接触してくることは無く、しかし奴は実家にまだいるようだった。

 そしてまたある年のお盆、従姉妹家族が来た。
 伯父は癌を患い治療の為暫く来れなかったので、数年ぶりだった。
 家で療養しているとはいえ、なんとなく体調は思わしくなく、家族誰もが長くないように感じていた。
 7日ほど滞在したあと帰っていったのだが、ふと気づくと奴を感じなくなっていた。
 大人しくなったのか? とも思ったが、すぐに違う、もう居ないのだと理解した。
 そして程なく伯父は亡くなった。
 みんなから愛された伯父だったので、誰にも言えないでいるが、多分伯父は奴を連れていったのだと思う。
 長くない伯父だからなのか、たまたまなのかはわからないが。誰にも言えないのは、伯父が連れて行ってくれて丁度良かったと思う私の気持ちである。

 私はそれから結婚し子供を産んだ。
 その後恐ろしい体験は一度も無い。

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