私が大学生の時に、洋服屋さんでバイトをしていたときに体験した話です。
私がバイトをしていた洋服屋さんは、その地域ではメインストリートといえる道路沿いにあるチェーン店という、特に珍しくもない店舗でした。
私の仕事は、雑用全般であったため、衣類を畳み直したり、商品を補充したり、裾上げの位置決めであったり、出来ることは何でもやる感じでした。
その仕事の中でも、一番嫌いだったのは、マネキンの洋服を着替えさせる仕事でした。
洋服屋さんで働いているくせに、ファッションというものに全く興味が無かったため、指定された洋服を着せるだけなのに、なんとなく野暮ったいというか着こなせていないというか、そんな感じを拭えず、仕事中でもそのマネキンの存在が気になって気になってしょうがありませんでした。
そんなある日、先輩からマネキンの着せ方を誉められたことがありました。
「今週のマネキンいいじゃない。上手になってきたんじゃない?」
嬉しそうに話す先輩に、私はいつも気になっていたことを聞いてみました。
「ありがとうございます。ただ、いつも上手く着せられなくて、マネキンに視線が痛く感じることがあるんですよ」
「視線を感じるの?」
「はい。気にしすぎなのはわかってるんですが、気になってしまうんです」 「マネキンだよ? 見てるわけがないはない」
先輩は困ったような顔をしながら、肩をポンポンと叩き仕事に戻りました。
そうだよな、気にしすぎだよな、とは考えるのですが、毎日感じる視線は増しているような気がしていました。
そんなある日、年末にお店が忙しいからと急なバイト要請があり、特にすることもなかった私はすぐに駆け付け、裾上げの位置決めを中心に仕事をこなしていました。
たしかにお客様が通常よりも多く、私はフィッティングルームから離れることが出来ませんでした。
フィッティングルームからは例のマネキンは見えない角度だったのですが、忙しい中でもいつもの視線は感じます。
ただ、それを気にしているほど暇がなかったのが救いです。
閉店間近になると、さすがにお客様も減り、私も店内の衣類を畳み直しながらバイト終了までの時間を過ごしていました。
衣類を畳んでは場所を移動し、また衣類を畳む。店内を見渡しながら移動をしていたのですが、違和感を感じます。
何かがおかしい。なんだろう?
店内をもう一度見渡して、気が付きました。
マネキンが置いてありません。
いつも同じ位置においてあり、私が知る限り場所を移動したことも撤去したこともないマネキンが、そこにありません。
無いのですが、視線はいつも以上に感じていました。マネキンが無いと認識した今も視線は感じます。
なんで? マネキンが無いのに?
店長に確認してみると、混んでいたからかお客様がマネキンに接触し、破損したためバックヤードにしまったそうです。
「店長、マネキンが無くても視線を感じるってことは、私は着せ方にコンプレックスがありすぎるのかもしれませんね」
軽い気持ちで話しかけた私に店長が意外そうな顔で返答します。
「いや、あの場所ってお客様からも、変な視線を感じる、というクレームが多すぎて、カモフラージュでマネキンを置いておいたんだよ。マネキンがあれば、視線を感じても、なんだマネキンか、って思うでしょ。まぁバイトの子も、視線を感じるって気持ち悪がって辞めていく子が多いんだよね」
初めて聞きました。
そんな理由を聞いて気にならないわけがありません。
その土地について調べてみます。
その店ができる前、その場所は墓地でした。