テディベア

 私が美容専門学校を卒業した後の話です。

 専門学校の学校の研修旅行がイギリスでした。
 有名デザイナーさんの講習を聞いたり実習をしたりと授業的な時間もありましたが、やはり海外旅行の学校ツアーなので、自由時間や観光地周遊なども含まれていたのです。
 そんな市内観光地周遊の中に、ロンドンのポートベロー・マーケットという蚤の市見学が含まれていました。
 ようは大型フリーマーケットですが日本のフリマとは違い、本当に由緒正しいようなアンティークの家具や小物、アクセサリや洋服などが並び非常に楽しい時間でした。
 もちろん、素敵だなと思うものは、学生の旅行の小遣い手持ちで足りるような金額ではなく、手を出すことはできませんでした。
 でもせっかくこんなところに来たのだから何か一つお土産を、と手ごろなアンティークを探していた時です。
 椅子の上に置かれた青い毛でできた古めかしいテディベアが目につきました。値段も日本円で2000円そこそこ。
 ビンテージとは思いますが古いデニムの記事でできたつなぎの洋服も、古い質のいい巻き毛の生地でできたクマ本体もいい味があり、顔もとても好みだったため、このぬいぐるみをお土産にすることに決めたのでした。

 さて、研修旅行から帰り一人暮らしの部屋の箪笥の上に青いテディベアを飾り、可愛いなと満足して寝た夜のこと。
 私は夢を見ました。
 農夫のような恰幅の良いおじいさんが少し遠くからじっとこちらを見ている。そんな夢です。
 おじいさんは外国人でした。
 それから毎日、おじいさんの夢を見ました。
 おじいさんは一夜ごとに近づいてきているようで、最初みたときは特に恐怖を感じなかったのですが、近づいてくると、外国人さんのグレーブルーの瞳で見つめられる圧迫感、何かを伝えたそうにもごもご口を動かしている様子。
 だんだん怖くなってきました。
 いよいよ動いている口が何かを話しかけていることがわかる距離まで来ました。が、私の英語はあいさつが出来る程度。
流暢な英語では、何を言っているのか全く理解できません。
 おじいさんは一生懸命何かを伝えているのですが、それがわからない私。
 伝わらないフラストレーションなのかだんだん険しくなってくるおじいさんの顔。
 ついには、おじいさんは怒鳴って何かをしゃべっています。
 外国人の、恰幅のいい、ブルーグレーの瞳孔がはっきり見える顔が険しくゆがみ、怒鳴っています。
 その顔も怖いのですが、英語がわからない、わかってあげられないという申し訳なさなども感じて私は「やめてよ! 私英語わからないし!」と必死で叫んだのでした。
 そして、今までなぜ気づかなかったのだろうと思うおじいさんの恰好。
 シャツなどは来ていますがデニムのつなぎ、それに特徴ある手縫いのアップリケ、イニシャルマークの刺繍。
 私が蚤の市で買ってきたテディベアのつなぎと一緒だということに気が付いたのでした。

 目を覚ました私は、なぜそんな行動をとったのか、テディベアのつなぎを脱がし、ごみ箱に捨て、ちょうど燃えるゴミの日だったのでその日のうちに処分してしまいました。
 それ以来、ぴったりとおじいさんは出てこなくなったのです。
 普通なら、人形ごと捨てるという選択をしそうなものなのですが、なぜつなぎの服だけ捨てたのか今でもよくわかりません。
 青いテディベアは今も研修旅行の思い出のお土産として、部屋の箪笥の上に飾ってあります。

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