混線

中学2年生の2月の話

 部室に行くとヤマウチが

「家の電話番号を確認したいんだけど?」と言ってきた。

クラスは違うのだが部活動で妙に気が合う友人だ。

自分はちょっとあきれて言った。

「あれ? 何回も電話のやりとりしているのに、今さら何を言ってるんだよ?」

 現在とは違い、そのころはスマホもPCもないので 用事があればイエ電を使うか

翌日の学校で話をするしかない。

家人に聞かれると困る内容の話であれば、こっそり外出して公衆電話を使うなんてことも

あった時代だった。

「電話したのにさぁ 不機嫌なオッサンが出たよ? ミズノさんですか?って聞いたら

『違います!』って言って切られた」

「はぁ? 昨日の夜は電話なんか一度も鳴らなかったぞぉ?」

そう言いながら自分はイエ電の番号を教えた。

「おかしいなぁ? あってるなぁ? 何で昨日は3回も間違えたんだろー」

「3回ってどんだけだよ。 不機嫌なオッサンってのも笑えるw」

「まぁこっちもさ 何度もかけたことのある番号じゃん? だから何も見ずに

 かけちゃったから間違い電話したと思うけど 3度目はメモ見てかけたんだよ。

 それでもオッサンにつながったんだぞぉ?」

「さすがにオッサン怒っただろう?」

「不機嫌そうに『はい?』って同じ声が聞こえたから何も言わずに切ったw

 だからさ もうかけなおすのあきらめちった」

 唐突な話だったので、部活のあと 学校から5分の距離のヤマウチの家まで一緒に行って

そこのイエ電から自宅に電話をかけさせてもらった。

ダイヤル式の電話機を回すと コール音のあとで「はい。ミズノです」と母が出た。 

何も問題はない。

母には軽く事の次第を説明して受話器を置くと ヤマウチは困惑しきりだった。

それから何日かして、今度は自分からヤマウチに電話をする用事ができた。

自分のイエ電もダイヤル式の黒電話だ。

かけてみると受話器の向こうから一発でヤマウチの声がした。

「ちょうど電話の前を通ったタイミングだったよ」

要件はすぐに済んだが、面白い無駄話をし始めると受話器の中の遠くで

別の声が聞こえてきた。

どうも少し混線しているようだった。

当時の電話にはたまにあることだったので 気にもせずこちらはこちらの話をして

いたのだが ヤマウチがちょっと待てと言う。

「なぁ 混線してるみたいなんだがそっちも聞こえるか?」

「なんか聞こえるね。 女の人が何か言ってるなぁ」

「少しの間静かにして聞いてみようか?」

二人ともだまって耳をすませてみると それまで何を言っているのかわからなかった声が

意味のある言葉となって届きはじめた。

「あなたダレよ!あなたダレよ!あなたダレよ!あなたダレよ!あなたダレよ!」

甲高い女性の声は同じ言葉を何回も繰り返しているようだ。

「あなたダレよ!あなたダレよ!あなたダレよ!あなたダレよ!あなたダレよ!」

「わっぁあぁああああああああぁっ!」

いきなりヤマウチの裏返った絶叫が耳元で炸裂したので飛び上がりそうになった。

通話は切れていた。

すぐにかけなおすとしばらくしてヤマウチのお母さんが出た。

「ごめんなさいね。あの子どうしたのか 明日学校で話すから今は電話に

 出られないって言うんですよ」と、すまなさそうに言う。

仕方がないのでその夜は首をかしげながら過ごすことになった。

翌日

 登校するとカバンを席に置くのもそこそこにヤマウチのクラスを覗いてみた。

ヤマウチは教室の戸口に顔をのぞかせた自分を見るとすぐに出てきて、

屋上につながる人けのない階段まで自分をせきたてると小声で話し始めた。

「昨日はスマン。 あまりにも怖かったからチキンなことしたけど、あの時はもう

 受話器から誰かの声を聴くのがイヤでさ・・・」

「もしかせんでも混線してた声がそんなに怖かったか? まぁ気味は悪かったけど」

「違う 違うって! あなたダレよ!って繰り返している女の声のあとだよ。

 まさか聞こえなかったのか? そっちは?」

「何が?」

「『 聴いてんじゃねぇよ オイ 』って。それ 不機嫌なオッサンの声だったんだよ!」

 その日は終業式で翌日からは春休みだったが、自分は引っ越すことになっていた。

学校は変わらないが、電話番号は変わった。真新しい電話機はプッシュホン式だ。

引っ越しが落ち着いてからやっとヤマウチは電話をよこすようになった。

無理もないことだと思う。

朗読: 繭狐の怖い話部屋

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