優曇華の花

皆さんは、優曇華(うどんげ)の花と言うのを聞いたことがあるだろうか?
この優曇華とは、伝説上の植物、実際の植物。
そして実際には植物ではなくクサカゲロウが木の枝に産みつけた卵の姿が、
花に見えるのでそう呼んだとされる3つの説がある。
実際上の植物としては、フサナリイチジクや芭蕉の花を
「優曇華の花」と呼ぶことがあるようだ。    

そして、伝説上の植物とは幾つかの仏教経典に登場するらしく、
3000年に一度咲く花で、
その花が咲いたときに金輪王(きんりんおう)が現れ
人類は繁栄すると言ったような、誠に縁起の良い言い伝えである。  
私は昔ある村で、老婆から優曇華の花の話を聞いた事がある。
だがそれは上述した話とは全く別の言い伝えであった。   

昔の田舎の古い家は天井から梁が、
柱と同様にむき出しになっている造りの家も多かった。
そんな昔の家でごくまれに、梁の部分にキノコの様な植物が生えることがあると言う。
これをこの村の人たちの伝承では「優曇華の花」と呼んでいたそうだ。  
そして、この花には二種類の色がある。 
老婆の話では・・・。
「白い花が咲くときは、その家が絶える、全滅する。 
紫の花が咲いたときはその家の主一代は守られるがその子孫は全滅する。
そういう言い伝えで、とっても不吉な花なんだよ・・・」
老婆はそう話してくれた。

そもそも、そんな話をするきっかけになったのは
私がこの村を通りがかったときに、トイレを借りようと立ち寄った場所、
今で言うなら「道の駅」と言った感じの寂れた物産センターの様な所で、
幽霊を見たからである。  
私がトイレから出てきて、しばらく土産物売り場を見ていた。 
干しシイタケや豆類、漬物に大根、白菜と言った野菜など
お決まりの商品の隣に、「イノブタの味噌漬け」と言うのがあり、
手に取って説明文を読んでいた時だった。  
私の斜め右前方に何やら靄の様なものが現れ、
次第に灰色がかった人の形になって行く。 
その人は昔の病院のパジャマの様な格好で、やせ細った中年男性だった。  
年は40代半ばくらいかと思われ、背丈は170センチ弱くらいで、
いかにも病弱そうな感じだ。
この人は戦時中の人で、病気が原因で徴兵されなかった人だ!!  
私は時折幽霊が見える事があり、見え方は様々だが、
瞬間的にその人の素性まで感じる事がある。この時はそうだった。  
この男性は私に敵意や悪意があるわけではなく、
客として入って来た私を見物しに来ただけであった。

「えッ、誰?」
思わず私が声を出してしまった。
するとその人はスーッと目の前を横切り、壁の中へと消えて行った。
「お客さん、イノブタ食べたことあるかい?」
店番の老婆が私に声を掛けてきた。
「あ~、前に一回食ったことがあるよ。けっこう旨かったよ」
私がそう答えてから話始めた。
「俺、さっき幽霊見たんだよ‼」 
私がそう話すと老婆は薄笑いを浮かべてこう言った。
「お客さん、もうすぐお盆だからってよしとくれ。
ハハハ、こんな婆さんを脅かしてどうするんだい? 
それで、どんな幽霊だったんだい?」 
完全にくだらない冗談だと思われたらしいので、私が先ほどの詳細を話してみた。
すると老婆は一気に顔色を変えた。  
「え、本当かい? 病気で徴兵されなかった人かい?」 
老婆はそこに食いついてきた。
「うん、病気だったみたいだよ。たぶん伝染病みたいで隔離病棟に入院してたみたいな感じだったよ!」 
俺は感じたままを老婆に伝えた。
すると老婆は、ため息をつきながら椅子に腰をおろして話始めた。
「ハぁ~ッ、 間違いないよ、IさんちのYちゃんだよ・・・。
あそこの窓を見とくれ、その先に川が流れてるだろ。
その川向うに一件家が見えるだろ、あそこがIさん家だよ。 
あ~、Yちゃん、まだここにいるんだねぇ~!」
老婆はしみじみと言うとうっすらと目に涙を浮かべた。  
老婆は事の顛末をしみじみゆっくりと私に話してくれた。  

老婆がまだ少女だった頃、日本が“大東亜戦争”を戦っていた頃の村社会である。
その家にはIと言う一家が暮らしていて、その家の息子にYさんと言う人がいた。
戦時中で次第に戦況も悪化してゆき、物資や医療技術も乏しい中で
Yさんは結核を患い、隔離病棟に入院を余儀なくされた。
体は次第にやせ細り、いかにも“病人”と言ったようなやつれた姿になっていたため、
40代半ばに見えたのだが実際はもう少し若かったらしい。  
Yさんは数年間、隔離病棟で入院生活を送ったのち、
家族に看取られることもなく一人、ひっそりとこの世を去った。    
当時の日本の状況と、山里の村社会と言う環境を考えれば
I一家がどういう心境であったかが想像できる。 
村の若い男たちは次々に徴兵され、「名誉の戦死」を遂げた者も多かった。
そんな中でこの家の息子は結核のため徴兵もされず
“伝染病”と言う不名誉な病死だった。
このためIの家では、ろくな葬式もせずこの家の墓にも入れず、
まるで焼却ゴミでも扱うように墓地の隣の小さな空き地に埋葬した。
物の無い時代に仕方が無いのだが、墓石も立てず卒塔婆だけの墓にされた。

やがて戦争も終わり、時がたち日本が復興を始め、
いよいよ高度経済成長の波に乗って、次第に世の中が安定し発展して行く頃、
それとは対照的に村社会はどこも過疎化が始まって行く。
村の若い者たちが仕事を求めて、村を捨て街へと出て行ってしまう。
このままではいつか自分たちの村が無くなってしまうと心配し、
どこの村役場も皆、過疎化の問題に頭を悩ませていた。
そんな頃だった・・・。

2  過疎  
この村の村長をはじめ、村会議員や役場の職員たちが、
地場産業と雇用の創出に躍起になっていた。
そして議会で決定したことなのだが、今で言うなら
「成功している道の駅」のようなもの、
あるいはハイウェイオアシスのようなものをイメージしてもらえば分かりやすいが、
地域の物産品を集めた物産センターを中心に、
温泉やレジャー設備、飲食店などを備えたような施設を作ろうと言うことになった。  
だがしかし、である。
この村は山里と言っても全体が谷のような地形で、まともな平地はほとんどない。
傾斜地ばかりで大きな建物を建てるのに適した場所は皆無と言ってもよい。
そこで、村長の提案、と言うより“ツルの一声”と言った方が良いだろうが、
「墓地」を移転させて、そこに施設を作ることにしたのである。  
議会で決定し、ほどなくして移転先も決まり、
寺の檀家の人達もしぶしぶながら了承した。
ほとんどが問題なく移転していったのだが・・・。
Iの家だけは違っていた。
この地方の方言で、ひねくれ者、強情な者を指して
「因業(いんごう)なヤツだ‼」などと言うのだが、
まさにこの家の主こそが「因業者(いんごう者)」であった。  
Iの家は、墓地の移転には素直に応じたが、Yさんの墓と骨の移転は嫌だと言って拒否したのだ。
このため近隣住民からの熱心な説得を受け、
最後はしぶしぶ墓と骨の移転には応じたものの、
仏様の魂を移って頂く儀式や読経だけは「絶対に嫌だ‼」とごねまくったと言う。   

「何で、あんなことしたんだか? Iさんちの主人は因業な人だったからね、
Yちゃんは結局、墓は移してもらったけど、
和尚さんに拝んでもらってないんだよ。 
だから、まだここにいるんだね~~。  
きっと、そのせいでIさん家はあんなことになっちまったんだよ」  
老婆は涙をぬぐいながらそう話した。  

墓の移転工事も無事に終わり、1年ほどたった春先の事だった。  
Iの家の天井の梁に真っ白な優曇華の花が咲いていた。
夕方、農協の金融担当のKがやってきてIの妻と話をしていた時に、
ふと天井を見上げて見つけてしまったのだ。
「あの白いの何だろ、あそこの梁の所に一つ生えてる白いヤツ。花みてぇだなぁ~?」
「え~ッ、梁に白い花だって? Kさん変な事言わないでよ。
まさか、優曇華じゃないだろうねぇ~‼  
とうちゃんが帰ってきたら見てもらおう。」 
Iの妻は驚きながらそう言った。  
しばらくするとIの家の主、Nが帰って来た。
家に上がり腰を下ろそうとすると、妻がたたみかける様に切り出した。
「とうちゃん、あれ見とくれ。」 と梁を指さしながら言う。
「梁の所に白い花みたいなのが見えるだろ、
さっき農協のKちゃんが来て見つけたんだよ。
まさか、優曇華の花じゃないだろうね‼」
「優曇華だぁ~? 縁起でもねえこと言うんじゃねえよ。 
見てみるから脚立持ってこい‼」 
そう言って脚立を持って来させてNが登って見た。
その花を掴(つかみ)み取って見ながら、
「何だこりゃ? きのこみてぇだなぁ」
「優曇華かい?」
そう尋ねる妻に、少し不貞腐れたようにNが答える。
「そんなの分んねえよ、優曇華なんて俺だって見たことはねぇんだ。
だいたいそんな話は迷信だろ。縁起が悪いからこんなもの燃しちまえ‼」
そう言ってNは新聞紙にくるみ庭に出て燃してしまった。  
そんなことがあってから一か月も経たないうちに、
この家に少しずつ異変が起き始めたのだ。

 3  異変  
初めに起きたのは、この家の小学生の娘E子である。
インフルエンザにかかり高熱が出て、そこから肺炎を引き起こして入院することになったのだ。
このため少し入院が長引いたのだが、その間は当然小学校を休むことになる。
いかにも小学生らしく、初めは心配する子もいたが
次第におかしな話になって行く。
「E子ってインフルエンザらしいけど、本当は違う病気じゃねぇのか?」
「インフルエンザだってうつるけど、何かの伝染病じゃねぇの?」
「昔、E子の家で伝染病で死んだ人がいたって、
うちのばあちゃんが言ってたよ‼」
子供たちの間で根も葉もないうわさ話が始まった。
しばらくしてE子は元気になり学校へ戻ったのだが、
クラスの生徒達はE子に対してどことなくよそよそしい態度である。
E子もその空気は感じていた。  

次に異変が起きたのは中学3年生で受験を控えている息子のHである。
成績優秀で将来を期待されていたHだが、
春先からなぜか学校の成績が落ち込んでいた。
母親であるF子は学校に呼び出されてからと言うもの、
受験を控えた息子が心配でならない。
母親としては当たり前だろうが・・・。  

この村は人里離れた山奥にある。
小中学校、小さな診療所の他、駐在所や郵便局に農協などの公的機関の他にはろくに店など無い。
ましてや書店や学習塾などの受験生に関わりのあるものなど全く無い。
このため、心配した母親のF子はこの村から1時間半ほど離れた町まで出かけて行き、
参考書や高校の資料等々受験のために必要な準備を始め出し、
必要とあれば何度でも町へ出かけて行き息子の為にと必死になっていた。  
Hは、そんな周囲の煽る様な空気にいら立っていた。

そんなHは、もうすぐ夏休みと言う頃になって友達3人で気晴らしに川へ遊びに行ったのだ。
川幅が狭く浅瀬の岸に立って対岸を見ていたRが声を掛けた。
「あそこ見ろよ‼ 何か動いたぞ。 
何かいるぞ、見に行ってみようぜ‼」
それを見て、3人は川を渡ろうとした。
その時、Hは右足を川底の石に挟んでしまい、バランスを崩して倒れてしまった。
「痛ってぇ~~‼」 
2人が駆け寄って来る。
「ひねったみたいだ、痛てぇ。 右足抜けねぇよ!」  
2人が川底の石をどかそうとする。
「大丈夫か? この石重てぇ、動かねぇ~~。」
「足は抜けねぇのか? 引き抜いてやるよ」
「うわっ、よせ、痛てててて・・・」
2人が無理矢理何とか引き抜いたが、捻挫とすり傷で血だらけになっていた。
Hは2人に抱えられて家に戻り、母親がすぐに診療所へ連れて行った。
怪我はたいしたことは無かったが捻挫の腫れと痛みが引かないので
数日学校を休むことになった。
その後はしばらく松葉杖を突いて登校する破目になったのである。

Hが学校を休んでいる間、ここでもクラスメイトの間でおかしな噂話がはじまった。
「Hの奴あんな浅瀬で怪我するなんて変だよな、あんな所で普通怪我しねぇよ。」
「成績も落ちたみたいで最近イラついてたしなぁ~。」
「そう言えば、俺この前うちのかぁちゃんと隣の婆さんで話してたの聞いたんだけど・・・。
関係ないかもしれないけど、Hの家に「優曇華の花」が咲いたらしいぜ‼」
「何それ~~」
「詳しくは知らないけど、不吉な花なんだってよ‼」
「じゃぁ、その「優曇華の花」の呪いとかなんじゃねぇの?」
特にこれと言った娯楽の無い田舎の山村である。
老若男女問わずこうした噂話が好きなようだ。  
母親のF子からすれば、この春から息子の成績は落ちるは、怪我はするはで、
この大事な時期に心配の種は尽きない。
自分が躍起になって息子を煽り立てているのも顧みず、
事あるごとに町に出かけて行ってはいろいろと物色しているらしい。
そして、戻ってきては息子に「これで勉強しろ!」とか
「この学校は真面目な子が多いからいいよ、私立に行くならここがいい・・・。」
などとまくし立てる。 
Hは益々いら立ってくる。  

村人の一人が町に出かけた時にたまたまそんなF子を見かけたことがあった。
見知らぬ男性と話をしていただけだったのだが・・・。
その村人が帰ってから隣人と井戸端会議になった時に、
「Fちゃんて、最近よく街に出かけるよね‼ 
息子が受験だから大変なんだろうね。」
「うん、そうみたいだけど・・・。 
この間、町で見かけたんだけど、知らない男と会ってたよ。どういう関係の人だろう?」
「え~、どうせ学校とか何かの人でしょう?」
「だと思うけどね~、まさかねぇ~」  
そんな他愛もない世間話が、次第に尾ひれがついてとんでもない話に変わって行く。
「IさんちのFちゃんは、ちょくちょく町に出かけてはどこかの男と浮気してるらしいよ‼」  
馬鹿げた話だが、閉ざされた村社会ではこんな噂話は瞬く間に広まってしまう。
恐ろしい限りだが、この話はやがて亭主のNの耳にも入ることになる。
当初Nは、くだらない噂話と無視していたが、
例の花の一件以来悪いことが重なっていたので、気になっていたのだった。  

Nは地元の森林組合の職員として、大好きな山の仕事に従事していた。
この道一筋のベテランである。  
そんなNがある晩たまたま深酒をしてしまい、
少々二日酔い気味で仕事に出かけて行った。 
その日は下草狩りや枝打ちではなく、チェーンソーで伐採をすることになっていた。
寝不足と二日酔いでどうも調子が出ない。
夕べの深酒をつくづく後悔していた。    
仲間たちと準備を整え、チェーンソーを動かす。
二日酔いとは言えこの道のベテランだ。難なく木を切り倒していった。
そして、数本伐採してから・・・。
「あと、この一本切ったら昼飯にしよう‼」
そう言ってチェーンソーを動かし、もう少しで木が倒れる、と言う所で突風が吹いた。
「あ~~ッ‼」
まるで木が、確固たる意志を持っているかのように、Nを目掛けて襲いかった。
倒木は、Nの頭と右肩に当たり、Nは弾き飛ばされた。
その拍子に回っていたチェーンソーが左足に当たってしまい大怪我を負ってしまった。 
大惨事である。
即座に仲間たちが車で診療所に連れて行ったが、応急処置をしたのち救急車で町の総合病院に搬送された。  
緊急手術ののちしばらく入院していたが、回復して退院することになった。
しかし、その後も障害が残り、車椅子は免れたものの左足には麻痺が残り、
引きずって歩くことになった。
右腕にも少し麻痺があり思うように動かせない。
右目の視力も著しく落ちたのである。  

この事故のせいで二度と山の仕事は出来なくなってしまい、
失業こそ免れたものの森林組合の取り計らいで、
製材所の雑用と事務処理の仕事に就くことになってしまった。  
この事故以来、村の中ではますます
「呪いだ‼」「祟りだ‼」などと言う噂がまことしやかに囁かれることになったのである。  

4  灰色の男  
ある晩の事。 
寝ていた娘がトイレに行きたくなって起きてきた。
廊下を歩いていたその時である、 「キャッ‼」と大声で悲鳴を上げた。
「E子、どうしたんだい?」
驚いた母が駆け寄って尋ねると・・・、
「今、そこに変な人が立ってたの。灰色の痩せた男の人。 
あたしが“キャッ”って言ったらスーッと壁に消えて行ったの!」   
E子には少々霊感があるようだ。Yの幽霊が見えていたらしい。
「バカな事言うんじゃないよ、どうせ寝ぼけてたんだよ。」
「あ~ぁ、一体この家はどうなっちまったんだろう? 
この先どうなるんだ、どうすりゃいいのさ・・。 
あの噂は本当なのかなぁ~? 優曇華の花だったのかなぁ~?」  
もう、ウンザリだと言わんばかりにため息をつくF子だった。
亭主のNは元々酒好きだったが、大怪我の後仕事も思うようにならず、
晩酌の量が増える一方だった。
初めは怪我の事もありF子も気を使っていたのだが、毎晩大酒を飲み、
次第にクダをまくようになった亭主を見かねてとうとう切れてしまった。
「とうちゃん、いい加減にしなよ! 気持ちは分かるけど毎晩飲み過ぎだよ。
子供達だって嫌気がさしてるよ。しっかりしておくれよ‼」
「うるせぇ! 飲まなきゃやってらんねぇんだ。酒持って来い‼」
とうとう夫婦喧嘩が始まってしまった。  
毎晩のように始まる夫婦喧嘩に、ただでさえイラついていた息子のHも嫌気がさし、
本を投げたり椅子を倒したりと自分の部屋で暴れていた。
受験を控えていると言うのに学校の成績は奈落の底と言った有り様だ。    

娘のE子は元々明るい性格の元気な子だったが、
あの一件以来、いじめられる事こそなかったが、
周囲から疎まれ距離を置かれていて次第にふさぎ込む様になって行った。
その上幽霊まで見てしまい、それ以来何かに怯える様になって行った。  
E子は毎日思い悩む様になって行ったが、
相談すべき両親はすでにこの有様だ。
「もう嫌だ、どこかに行ってしまいたい」 
まだ幼い小学生の少女がそこまで思い詰めている。
何と痛々しい事だろう、可哀そうでならないが・・・。  

次第にこの家族は壊れ、破滅の道へと進んで行く。 
これは本当に呪いなのだろうか?・・・。    

「アメリカは銃社会だ‼」と、ニュースその他で良く耳にするが、
我が国「日本」はそんなことは無いから安心だ。
などと高を括っている諸氏も多いのではないだろうか?
それは、あくまで拳銃や人を殺傷することを目的に作られた銃の事に過ぎない。
日本でも講習を受け免許を取れば銃を所持することが出来る。 
そう、散弾銃やライフルと言った猟銃である。  
山間部に暮らす人たちは、野生の害獣対策であり、
なおかつ猟が解禁になってからの冬場の楽しみの一つでもある。
鹿や猪、熊など狩の後のジビエ料理も楽しみの一つだ。
このため山村で暮らす人たちは、免許を取り猟銃を所持している人達が沢山存在する。
もちろん免許の更新や銃の管理は法的に厳しく定められているのであるが、
中には狩の帰りに銃を車のトランクに入れたまま
パチンコに行ってしまう輩も多いと聞く。
リアルに怖い話である。

さて、Nも御多聞に漏れず免許を取得していて猟銃を所持している一人である。
ライフル銃を一丁、散弾銃二丁を所持している。
元気だった頃は猟友会の仲間たちとよく狩に出かけていて、
仲間内では「名人」と言われるほどの腕前を持ち、
20年以上のキャリアを誇っていた。

5  惨劇
ある日の晩の事である。
とうとうこの一家に悲劇が起こってしまう。
いつもの様にNが仕事から帰って来た。
そして、迷わず一升瓶とコップを持ち出してきた。
夕方から、相変わらず飲んだくれている。
F子は夕飯の支度や洗濯物の世話に追われていて忙しく動き回っていた。
そんなことはお構いなしにNは酒を煽り、次第に酔いが回って来た。
すると、大声を上げたり仕事の愚痴を言い始めて、F子を怒鳴りつけたりと段々暴れ始めた。 
ついにF子も怒りが頂点に達して、夫婦喧嘩が始まった。
「いい加減にしろ。このろくでなし‼」
「何だと、このバカ女!」
「うるさいね~、飲んだくれの死にぞこないが‼」
「何だと~~、もういっぺん言ってみろ、この役立たずが・・! 
てめぇ、Hの受験をいい事に、ちょくちょく町へ出ちゃぁ男と浮気してるそうじゃねぇか!!」
「何だって~? 冗談じゃない、Hの為に必死になってるって言うのに、
デタラメな事言うんじゃないよ、バカ‼」
ついにF子は切れた。 

もう手が付けられない。
あろうことか、亭主のNを平手打ちにしてしまった。
何度も何度も泣きながら殴った。
気が済むまで殴ってから最後はNを両手で突き飛ばしてしまった。    

そして、F子はボロボロになって疲れ果て、ひとしきり泣いていた。  
それからおもむろに立ち上がり、
「あたしは先に風呂に入って、もう寝るから・・・。」
そう言って風呂に行ってしまった。  
Nは怒りが収まらない。収まりようがない。
女房に殴られても、身体の自由が利かず、やり返すこともできない。 
日頃のウサと悔しさと自由の利かない身体の腹立たしさと・・・。  
とうとうNの怒りが頂点を超えてしまったのだ。
今まで何とか持ちこたえてきた、張りつめていた心の糸がついに切れた。
Nはまるで何か覚悟を決めた様に“ふっ”と一息ついて、ある種の冷静さを取り戻した。
そして・・・、大切に持っている鍵を取り出し、銃と弾の保管庫の扉を開けた。
   
落ち着いた手つきで銃に弾を込める。
何かに取り憑かれたように、Nの心に“迷い”は無くなっていた。   
そして、銃を抱えて左足を引きずりながら風呂場へと向かった。
「お~い、F子~・・。」
「何だい、うるさいね。風呂場までケンカを売りに来たのかい?」
湯船につかっていたF子はこれから起きることも知らずに、吐き捨てる様に答えた。
「お~い、開けるぞ~~・・・。」
「何だい、・・・ うぇっ・・・。」
“ バァ~~ン ‼ ”  
乾いた銃声が鳴り響く。  
至近距離からの一発。   
即死だった‼  
二階にいた息子のHが驚いて階段を駆け降りてきた。
「何、今の音。何、どうしたの?・・・エッ‼」
息子のHは息を飲み、驚いて固まった。  
Nはうつろな目で振り向き、息子のHに銃口を向けた。
“ バァ~~ン ‼ ”  
2人とも一瞬の出来事だった。 
湯船は真っ赤に染まり、廊下には顔面を半ば吹き飛ばされた血だらけの息子が死んでいる。 
Nは息子の死体を避けようともせずにその廊下をふらつきながら歩いて行き、居間の畳に座り込んだ。  
そして銃口を自分の口の押し込み、 
引き金を引いた。 “ バァ~~ン ‼ ”

6  音
3発の音は近隣住民にも聞こえていた。 
乾いた音。 
いつもは山の中で仲間たちと共に、 猪や鹿を相手に聞くはずの、聞き慣れた音だった。 
隣の家の主が驚いて妻に言う。
「おい、今のは鉄砲の音だ‼ 駐在に電話しろ、なんかあったぞ!!」  
そう言うと主は様子を窺いに出て行った。
しばらくしてから駐在所の巡査も駆けつけてきた。
「どうした、何があった?」 
そう尋ねる巡査だが・・・。
「わかんねぇ。この家の中で3発銃声がしたんだ。
俺も怖ぇからまだ中に入ってねぇよ!」
玄関の鍵は掛かっていない。 
拳銃に右手を掛けながら巡査が引き戸を開ける。
“ ガラガラガラ ”
「お~い、どうした。何があった‼」
「ウワッ‼ 大変だ‼」 
巡査は即座に管轄の警察署に連絡を入れ応援を要請した。  
そこには、銃口を口に入れ後頭部を吹き飛ばされたNの死体が茶箪笥に倒れ掛かっていた。 
和箪笥の違い棚と裏板も吹き飛ばされていて、
その周囲には血しぶきと肉片がこびりついていた。

この晩は、村中が大騒動となった。
無残な姿になった三人の死体を巡査が見つけ、
“ ハぁ~~ッ ”と震えながら息を吐いてから、“ ハッ‼ ”と思いついた。
「娘・・、E子、E子はどうした、どこにいる!」  
隣家の主は、巡査と共に玄関に入りNの変わり果てた姿を見てしまい、
そのまま玄関先にへたり込んでしまっていた。 
このため巡査は一人で家中を見て回りE子を探し回っていたのだった。  
しばらくして、連絡を受けた消防団の男たちがやって来て
玄関先にへたり込んでいる隣家の主に尋ねる。
「どうした、何があった。 しっかりしろ!!」 
分団長が声を掛け、別の男が中を覗こうとすると、
「よせ、見るな! みんな死んでる・・・。 
今、お巡わりが調べてるから中に入るな!」
そう言ってみんなを制止した。  

巡査が応援を要請してから1時間半を過ぎた頃、
数台のパトカーがけたたましくサイレンを鳴らしてやって来た。  
巡査は応援に来た警察官たちに状況を説明し、
これから消防団を集めてE子の捜索をすることになった。
この家には巡査と鑑識の警官2名が残り室内をくまなく捜査していた。  
鑑識の一人が廊下で息子Hの死体の写真を撮っていた時に、
気配を感じ廊下の奥に視線を向けた。
「誰だ!! ・・・ウッ・・・。」
「どうした‼」 
もう一人が驚いて近寄り声を掛ける。
「今、廊下の奥にグレーっぽい服の男が立っていたような気がしたんだが・・・。」
「気がした???」
「ああ、・・・俺が声を上げると、壁にスーッと消えたように見えた。 
・・・目の錯覚だと思うが・・・。」
「まあ、現場じゃたまに見間違えることもあるさ。俺は二階へ行ってみる。」
 
二階へ上がり息子の部屋をみるが、
机の上に受験勉強中の後が残されているだけで特に異常は見られなかった。
数学の問題集、書きかけのノート。
何かで突発的に下へ降りたと言った様子がうかがえる。 
E子の部屋では巡査がE子の手がかりになるものを物色していたが、
ベッドの上に漫画本が二冊置いてあるだけで変わった様子もなかった。    
巡査が、引き出しの二段目の奥からノートを見つけ出した。
小学生の女子らしい、好きな漫画のキャラクターのノートだが、何も書いていない。
買ったばかりで使っていないのか。
ページをめくり丁度真ん中のページを開いた時に、黒の太いサインペンで、
《 のろってやる!!!! 》 とだけ・・・。 
強い怨念がこもったように殴り書きされていた。
「この子には以前から何かあったようだ!!」
そう考えた巡査は消防団員を通じて情報を収集しようと動き出した。 
だが、なかなか手がかりになる様なものは見つけられなかった。  
結局、警察と消防団で手分けをして明け方まで捜索が続けられたのだが、
E子の消息はいっこうにつかめなかった。  

7 捜索  
その頃、第3分団のIたちが3人で国道を歩いて捜索していた。 
この村唯一の国道で大通りである。
疲れ果てながら3人がとぼとぼとトンネルに入って行く。  
ここは、川を挟んで左右がトンネルになっている。
その間を村で一番大きく高い橋が架かっている。
この橋は国道が通る鉄筋コンクリート造りの大きく立派な橋で、
左右に幅の広い歩道と頑丈な欄干があり、
そこからの眺めも良く絶景スポットになっている。
村では「大橋」と呼ばれている橋である。  

3人がトンネルを抜け、橋の歩道に出た時に1人が言い出した。
「おい、ちょっと休もうぜ。もう歩けねぇ、そこに座って一服しようぜ!」
「そうだな、一休みしよう」 
そう言って3人は歩道に座り込んだ。夜通しの捜索で疲れ切っていたのだ。 
おのおの持ってきた水筒に口を付け喉を潤す。
そしてタバコに火をつけて、
「しかし、あそこんちは、何であんなことになっちまったんだ? 
一体何があったんだ??」
「Eちゃんはどこ行っちまったんだろう?」
「確かに変な噂は出てたけどなぁ~、なにもあんな事になるなんて・・・。びっくりしたぜ!」
「Nちゃんもそうとう荒れてたらしいけどなぁ、まさか鉄砲持ち出すなんてなぁ~!」  

3人は休憩を取ってしばらく雑談をしていたが、
だんだん夜も明けてきて空もうっすらと白くなり、
灯りが無くても周囲が見える様になって来た頃だった。 
欄干にもたれかかっていたIが橋の中央近くに目をやると、
反対側の欄干に何やらひらひら舞っている。
「何だあれ?? 紐みてぇだなぁ~??」
「ほんとだ、行ってみるか?」 
そう言って3人は腰を上げて歩き出した。
橋の中央辺りにまでやって来て欄干を見ると・・・。
「何だこりゃ? 白いひもに見えたけど、裏は赤だな?」
「紅白のハチマキみてぇだな~?」
「え~ッ!! もしかして、小学校の運動会で使うヤツか??」
「・・・。 そうかもな!」 
そう言ってIが恐る恐る橋の下を覗き込む。
「おい、とりあえずお巡りに連絡するべぇ~!」  
Iが携帯を取り出し巡査に連絡を入れる。
「もしもし、第三分団のIだけど、今、大橋にいるんだ。
橋の欄干に変な物が結びつけてあるんだ。
小学校の運動会で使うようなあれ、・・・ハチマキ、・・ハチマキだ! 
頼むから応援に来てくれ!!」
「わかった。じゃ、すぐにそっちに向かうよ!」 
そう言って巡査は警官3人と消防団員の4人でパトカーに乗り込んだ。  

5分くらいしてから彼らがやって来た。 
警官がハチマキを確認して橋の下を見下ろしたが良く分からない。
このため人を集めて橋の下を捜索することになった。
橋の下の捜索が始まった。  
警官と消防団、合わせて30人弱の男たちが周囲をくまなく探しまわっていた。
「居ない。どこにも見当たらない! ここじゃねぇのかなぁ~。 
どこかに無事でいりゃ良いんだけど・・・。」
 橋の下の河原は谷底で雑草だらけ、
なおかつすぐに急斜面になり大木が連なっているので橋の上からでは
到底見つけることはできないだろう。
昼間でも薄暗い所で捜索は困難を極めた。  
分団員の一人が声を上げた。
「お~い、なんだこれ~~!?」
数人が駆け寄って来て確認する。
「ゲェッ、 血みてぇだな!?」 
そう言って辺りを見回すが何もない。
「こんなに暗くっちゃ~見えねえなぁ。
ここはほったらかしで枝打ちもしてねえから陽の光が入らなくって見えにくいなぁ~。」 
男はそう言って日光を見ようとして何気なく上を見上げた。
「うゎぁ~~~~~~ッ!、 あ~~、あ~~ッ!!!・・・・・。」
男は大声で悲鳴を上げ腰を抜かして倒れこんだ。 
それを聞きつけて、みんなが集まって来た。
「あッ、・・・。」
「見るな~!!、警官に任せろ~~! みんな見るな!」
やっと、E子が見つかった。 
あまりにも無残で変わり果てた姿となって。  
E子の身体は背中から腹にかけて枝に突き刺さり、
片手と片足はあらぬ方向にねじ曲がって、
もう片方の足からは骨がむき出しになっていた。
そして首は背中に折れ曲がり、髪の毛が少し削り取られて頭蓋骨が見えている。
頭と顔は血だらけで、パッチリと見開いた目から少し眼球が飛び出しそうになっている。
丁度、捜査員たちを覗 き込むような形になっていた。  

8  終焉
一連の事件が何とか終結したのは、3か月ほどたってからである。
酒に酔って発狂した主Nが銃を持ち出し妻と息子を惨殺し、自らもその銃で自殺した。
原因は体が不自由になったNがストレスを溜め、
家庭内不和による突発的な事件と結論付けられた。
原因がかハッキリしないのはE子である。
その後の事情聴取では、クラス内で浮いていたものの、いじめがあった訳ではなかった。
だが、何かをきっかけに怯えて次第にふさぎ込む様になっていたと言う。  
あの夜、E子は事件が起きる少し前に、まるで何かに導かれるようにふらふらと家を出て行った。
村の年寄りが、坂を上って行くE子の姿を見ていたのだ。  

坂を上り国道に出てしばらく歩いて行くとトンネルに挟まれた大橋に出る。
この大橋の下には川が流れているが、橋を挟んで川下の方を少し行くと、
そこには以前[伝染病患者]を隔離したと言われる隔離病棟が存在した。
今では全て撤去されて雑草の生えた河原となっているが、
以前はそこに確実に存在していたのである。
E子はあの晩、おそらく男の幽霊を見てしまったのだろう。 
そして、その男が自分の先祖であることを感じてしまったのだ。
だから、恐怖を感じることもなく、ただ先祖の霊の後を追いかけて行ってしまったのだ。
まるで夢遊病者の様に。
そして、自分が楽しかったころの思い出を残すように、
運動会で活躍した時のハチマキを橋の欄干に結び付けて、
彼らの所に行こうとして欄干を超えてしまったのである。  

老婆は言う。
「何で、あんなことしたんだか? Iさんちの主人は因業な人だったからね、
Yちゃんは結局、墓は移してもらったけど、
和尚さんに拝んでもらってないんだよ。 
だから、まだここにいるんだね~~。  
きっと、そのせいでIさん家はあんなことになっちまったんだよ」  
老婆は涙をぬぐいながらそう話した。

9  疑問
この一連の顛末(てんまつ)を聞いて、私にはどうにも腑に落ちない事がある。
一体Yさんと言う幽霊は何だったのだろうか?  
私には、悪意や敵意と言ったものは全く感じられなかった。  
Yさんの霊は呪ったり、祟ったりしたわけではなく、
自分の居場所を探していただけではないだろうか? 
墓の移転で居場所は無くなったが、移転先が分からない。
自分がゆっくりと眠るべき安住の地を探し求めて、彷徨っているだけなのかもしれない。  

一連の状況を冷静に良く考えてみると、それぞれの異変は些細な事で、
辛いこともあるが、それに耐えられる心構えがあれば済むことだ。 
Nの事故も、十分に安全管理を徹底して注意すれば防げたかもしれない。
また、その後も本人の心の強さがあれば立ち直れたかもしれない。
どれをとっても、心の弱さが歯車をあらぬ方向へと回してしまったように感じてならない。   
問題は、強情を張って僧侶の儀式や読経を拒んだN夫妻の心のどこかに、
Yに対する負い目があったのではないだろうか? 
人の一生には何度となく不幸や困難が続く時期が回って来る。
それに耐えられない心の弱さ、隙間に魔の手が忍び寄って来るのではないだろうか。
そんな弱い心に隙間が生まれた時、まるで何かの合図の様に
[優曇華の花]が咲き誇るのではないだろうか。  

現在の住宅環境を考えると、天井に梁が見えている家など皆無に等しい。
古民家や、そう言う造りにしたカフェやレストランでもなければお目にかかれないだろう。  
屋根裏や天井裏は点検用の小さな点検口が付いてはいるが、
問題が起きた時に建築業者に見てもらうくらいだろう。
家人がいつも点検口を開けて確認している家など、まず、いないと言ってよい。 
だ・か・ら・・・。 
たとえ[優曇華の花]が咲いていたとしても、誰も見ていないから
〘 気が付いていない 〙だけなのかもしれない。        

あなたの家は、 大丈夫ですか?・・・・・                気まぐれ怪談  [優曇華の花]        終わり

朗読: 怪談朗読と午前二時
朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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