カアシャ

ある日曜日、友人宅へ遊びに行ったときのことです。

友人はシングルマザーの娘さんと、4歳になるお孫さんと3人暮らしでした。
孫のヒロ君は物怖じしない、活発な男の子です。
私を笑顔で出迎えてくれ、自分の行っている保育園での出来事を話してくれました。
しばらくして友人と雑談をしていると、ヒロ君がミニカーで遊びながら何か歌っていました。
「カアシャ、カアシャ!」
今、放送している特撮物の主題歌でしょうか。
「ひろ君、その歌何の歌なの?」
私はふと気になって尋ねました。
「カアシャのうた!カアシャはねーあくにんをやっつけるんだぁ」
友人が言います。
「なんかね、2.3日前から歌ってるのよ」
「ねーねーヒロ君、カアシャって誰なの?」
私が聞くと、ヒロ君は言います。
「えっとねーかっこいい車なんだ」
車?例の変形して、ロボットになる車でしょうか。
「ねぇヒロ、どんな車か絵を描いて見せてよ」
友人が言います。
「いいよー!描いてあげるー」
さっそくヒロ君は画用紙とクレヨンを持ってきて、
機嫌良く鼻歌を歌いながら描き始めました。

青いクレヨンで四角い車体を、黒色でぐるぐるの円でタイヤを描いています。
その年齢らしい、稚拙でおおらかな絵でした。
「これがそうなの?」 と、私が尋ねると、
ヒロ君は無言でオレンジのクレヨンをとり、
タイヤ周辺から右斜め上に大きくギザギザの線を引っ張ります。
後ろのタイヤも同じようにギザギザの線を書き入れました。
私と友人は顔を見合わせました。彼女は不安そうに言います。
「ねえヒロ、これって車が燃えてるの?」
「うん!そうだよ-もえてるの。
カアシャはねーわるいやつを、じごくにつれてくんだ。
やっつけちゃうんだよっておじちゃんがいってたー」
私は、友人もだと思いますが、「地獄」と聞いて驚き、
そんなことを教える大人がいたことにも驚きました。

また、私は別にあることに気がつきました。
あわてて友人が聞きます。
「おじちゃんって誰なの」
ヒロ君はちょっと首をかしげながら、
「うーん?おすしたべにいったとき、クルマのなかでおしえてもらったんだ」
そう言いました。
友人の顔を見ると、真っ青になっいました。
「ど、どうしたの?」 そう私が恐る恐る尋ねると、
友人は私を見て不安そうに顔を歪めこういいました。
「そんなの、おかしいわ。私と娘とヒロの三人で行ったのよ」
「あのねぇ、おうちにかえるとき、カアシャがみちをはしってて、
あれなあにってママにいったら、おじちゃんがおしえてくれたの」
くったくなく、ヒロ君がいいます。
「それって・・・」
友人が口ごもり、わなわな震えています。
「ま、まぁまぁ、落ち着いて。車の中で見た夢かもしんないじゃん」
私は、友人を落ち着かせようとしました。
「じごくってすんごいこわいところなんだって。
おこったママよりこわいんだってさー」
この言葉に友人も私も笑うことが出来ませんでした。

ヒロ君はその間も、何台もカアシャを描いています。
地獄に行く燃える車とは「火車」のことなのでしょうか。
背筋に冷たい物を感じながら、この後どう友人に言おうか悩んでいると、
友人が私を凝視しています。
「ねえ・・・カアシャって何?」
彼女は私が、怪談やオカルト好きなのを知っていました。
私に「知ってるでしょ」と言う顔をしています。
「ええっとねぇ、多分・・・」
私は話し始めました。
【火車】・・生前悪事を犯した亡者を乗せて地獄に運ぶという火の燃えている車、 以上です。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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