これは、私が小学生だったときの話です。
その日は学校が休みで、特にやることも無かったので、母、兄、私の3人で、なんとなくテレビを観ていました。
母と兄は後ろのソファーに座って、私はテレビの前で、静かに画面を見つめていました。
そのテレビではニュース番組がやっており、山道を走行していたバスが、誤って崖から転落してしまうという事故を報道していました。
その事故では死者もでており、私は悲しい事故だなと思い、母も「可哀想に」と呟いた声が耳に届きました。
事故現場の状況をニュースキャスターが伝え終えたところで、亡くなられた方の知り合いだという人の、インタビュー映像に画面が切り替わりました。
その時、私は自分の耳を疑いました。
テレビ画面では、その事故についてのインタビューが行われているのですが、その方の声とは別に、何かが聞こえるのです。
それは、女性の声でした。
「あーー……ああ……あーー……」
まるで絞り出したかのようにか細く、苦しそうな声でした。
その声を聞いた瞬間、私は背筋がサーっと寒くなり、全身に鳥肌がたちました。
そしてびっくりして、体が固まってしまいました。
「あ…あー…あーー…ああー…あーー…」
その声はインタビュー中、ずっと聞こえていましたが、知り合いの人の話が終わり、テレビの映像が切り替わったと同時に、ぱったりと聞こえなくなりました。
こんなこと今まで起きたことがなかったので、私は頭が真っ白になり、しばらく身動きがとれませんでした。
その間にも、さっきの掠れ声が耳に染み付いてしまって、頭の中で何度も繰り返し再生されました。
それは聞けば聞くほど、自分まで苦しく、悲しくなってくるような声でした。
冷静になってみると、これはテレビ側の編集ミスで、間違えて変な声が入ってしまったのかもしれないと思いましたが、それなら一緒にテレビを観ているはずの母と兄も、私と同じように女性の声を聞いているはずです。
それなのに、どうして何も言ってこないのだろう。
私は、全身の血の気がひくのを感じました。
ニュースが別の特集に切り替わったところで、私は後ろで見ていた母と兄に、さっきの声のことをそれとなく確認してみました。
母と兄は口を揃えて、「何も聞こえなかった」と言いました。
それ以来、とくに不思議なことは起きていませんが、今でもあの、寂しげで、悲しくなるような掠れた声は、忘れられません。