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たまとり

葬式というものは何歳になっても慣れるものではない。
故人が近所の人や知り合いくらいの間柄ならまだしも、親族ともなると気が重い。
親族間の仲が良ければなおさら、しかも子供ともなれば、会場の空気は沈みきっている。
あちこちからすすり泣く声は当たり前だろうし、小さい子供が亡くなったとなれば、
親御さんの悲しみは計り知れない。
悲痛な叫びの一つや二つあってもおかしくはないだろう。
だが、その日の葬儀は明らかにおかしかった。

亡くなったのは僕の従姉妹の子ども、いとこ甥兄弟の二人だった。
上の子は六つ、下の子は四つになった矢先のことだった。
思い返してみれば、父からの連絡もどこか変だった。
親族の爺さん婆さんが亡くなった時は、どこか野次馬気分で
あれやこれやと雑談を交えての連絡だった。
どこどこの爺さんは肺がんだった、煙草は控えなきゃ、とか、
あそこの婆さんは内臓を悪くして……だの云々。
ところが、この兄弟の時は何の余計な話もせず、
ただ一言、「○○ちゃんの子供、兄弟二人亡くなったから葬式に来い」とだけだった。
原因などを聞いてみても、とにかく来いの一点張りだった。
直接会ったときにハッキリと事情を聞いてやろうと思い、顔を出したその会場も異様だった。
誰も悲しんでいないのだ。
すすり泣く人など愚か、誰も悲しんでいる表情をしていなかった。
細かいことだが、親族だろうと他人であろうと
一般的な常識としては故人を偲ぶ態度で葬式には及ぶべきだろう。
だが、「この度はお悔やみ申し上げます」の一言すら誰も発さず、
全員が受付の人と会釈をしあうだけだった。
一体どういうことかと父に聞いても何も答えようとしなかった。
一番驚いたのは、両親であるはずの従姉妹と旦那さんでさえも同じようだったことだ。
自分の子供を偲ぶような表情をせず、ただじっと無表情で俯いているだけだった。
自分は比較的従姉妹夫婦とは仲良くしていたほうだったので、どうしても耐えられず
従姉妹夫婦のもとへ挨拶だけでもしに行こうとすると、父がすごい勢いで止めた。
「何も話しかけるな」
いつにもなく真剣な表情の父に気圧され、他の人と同じように会釈だけをする。
従姉妹夫婦は僕の方を見はしなかったが、ペコリと軽く会釈だけ返してくれた。

葬式自体はそのまま何事も無く終わり、出席者がぞろぞろと帰りだす頃、
外の喫煙所で煙草を吸っていた時の事。
「鬼に食われたんだよ」
少し離れたところで、親戚の年寄りたちがヒソヒソと話しているのが聞こえた。
聞こえないふりをしつつ、そのまま聞き耳を立ててみると、断片的に色々と聞き取れた。
「何年もこんなことはなかったのに」
「なぜあそこの家なんだ」
「たまとりだ」
「○○んとこの宮司さんは大丈夫なのか」
そんな話だった。
鬼に食われた、という言葉が一際気になった。
この現代にそんなことがあり得るのだろうか。
そんなことを考えていると、年寄りたちの間に父が割って入っていき、一層大きな声で言い放った。
「いやぁ、ふたりとも事故で亡くなるなんて、気の毒ですよねぇ」
それを聞き、ヒソヒソしていた年寄り連中はバツが悪そうにその場を離れていった。
いてもたってもいられなくなり、家に帰った後で父を問い詰めたら、少し考え込んだ後に
「今から言う話は絶対に他言無用だ」と前置きをおいてから、事の次第を説明してくれた。

公にはされていないが、鬼に纏わる禁忌がこの地に根付いている、という。
鬼は子供が好物であり、むやみに住み着く土地に遊びに行くと喰われてしまう。
そんな漠然としたおとぎ話のような内容だったが、父の表情は真剣そのものだった。
そしてそれ以上は何も教えてくれなかった。
その次の日、僕は従姉妹夫婦の家へ向かった。
昨日とは打って変わって、二人共僕の顔を見るなりに目に涙をため、泣き出してしまった。
事情を聞いてもいいものかと躊躇っていたが、落ち着いた頃に従姉妹が自ずと話し始めてくれた。

三日前、夫婦家族は四人でハイキングに出かけていたという。
と言ってもお洒落なものではなく、家からさほど遠くない名も知らない山に遊びに行き、
施設などもない大自然の中でのんびり過ごそうとしたらしい。
お昼ごろになり、さすがにお昼休憩を取ろうとした頃、
山の中腹あたりで上に登る石段を見つけたのだという。
奥を見てみると、先の方は木々の葉が見えず、どうやら開けた場所に繋がっているらしかった。
子どもたちが興味を示し、上に登っていくとそこには古びた神社があったという。
石段を登りきるとちょっとした広場があり、その広場の中程に苔むした鳥居が佇む。
奥には境内が広がっており、緑青の目立つ古びた社が一つだけポツンと建っていた。
松の木が周囲に生えていて、なんとなく侘び寂び、という言葉が頭に浮かんだ。
昼間だったこともあり不気味な印象はなく、むしろ穴場を見つけた、と家族で喜んでいたそうだ。
広場は休憩にもちょうど良さそうで、そこで昼食を取ることにした。
後ろを向くと麓の景色が少しだけ見え、風も良く通り、とても気持ちのいい場所だったという。
そのうちに兄弟が境内で遊び始めたが、目の届く範囲ならいいかと思い、自由に遊ばせていた。
夫婦も久しぶりの運動に疲れたらしく、しばらくシートの上で横になって寛いでいると、
境内で遊ぶ子どもたちの声が一層楽しそうになってきた。
一応神社なのだから、境内の何かを壊したりしたら大変だと思い、子どもたちの方に向かうと、
子どもたちは三人になっていた。

あれ?と思い、目を凝らしてよく見ると、古い格好をした子供が一人混じって一緒に遊んでいたという。
その子は濃い鼠色の着物に帯を締め、草履を足に履いていた。
珍しい格好の子だな、どこから来たのかな、と考えていると、その子が「次は僕が鬼」と言った。
どうも鬼ごっこをしているらしかった。
着物の子が蹲り、いーち、にーい、と数を数え始める。
それを機に兄弟がわーっと散らばって走り出す。
きゅーう、じゅう! とその子が立ち上がったが、その瞬間背筋に冷たいものが走る。
その子が十を数えた瞬間、首から上がすごい勢いで真後ろにぐりっと回ったかと思うと、
不自然なくらいぴんと背筋が伸び、次に首を追って身体がぐるりと回ったのだという。
その子の表情は泣いてるとも笑っているともとれる、泣き笑いのような表情だった。
あまりの事に驚き、固まったままでいると、とんでもない速さでその子が走り始めた。
だが、それがあまりにも不自然な動きだったという。
膝は曲がらず直線で交互に動き、腕は肘を九十度曲げたまま交互に動くのだが、
足が交互に動く際の腕の動きがズレていたそうだ。
足が四回交互に動けば、腕の方は一回しか動かない。
腕を一回交互に動かしたら、首の向いてる方向が
右、左、と一回ずつぐるん、ぐるん、と勢いよく左右に振れる。
例えるなら、出来の悪い人形を無理やり動かしているような、
人体の自然な動きじゃない、気持ちの悪い動きだったそうだ。
呆気にとられたままその様子を観ていると、弟が先に捕まってしまった。
すると、弟も着物の子もピクリとも動かなくなった。
その位置は松の木の向こうで見通しが悪く、どうなったのか心配になった従姉妹は、
先程からピクリとも動かない弟の方に駆け寄ることにした。
が、一瞬強い風が吹き、瞬きをしたその瞬間のことだった。
着物の子の背後、松の葉の隙間で少ししか見えないが、
異常に黒い肌をした、背の高い何者かが立っていた。
はだけたぼろぼろの着物を着ており、真っ黒の右腕だけを出していた。
その右腕で着物の子供の首を掴むと、そのまま勢いよくねじり、子供の首が兄の方に向いた。
そのままそいつが子供を持ち上げると、ぴんと背筋が伸び、今度は逆の手で身体をねじった。
次の瞬間、腹の底まで響く咆哮のような低い大きな音が響いたかと思うと、
着物の子が先程と同じように奇妙な動きで、兄の方に向かってすごい速さで駆けていった。
そこまで見たところで従姉妹はついにパニックになり、悲鳴を上げ気絶してしまったという。

次に気がつくと、家のベッドに戻っていた。
旦那さんにおぶってもらい、家に帰れたそうだ。
あの後どうなったのかを聞くと、子どもたちは二人だけで遊んでおり、
帰るときも普段どおり大人しくついてきたという。
そんなはずはないとあの時見たものを伝えると、子どもたちはそうそうと肯定した。
知らない子と遊んでた、と。
次の日の朝、子どもたちは二人共寝たまま息を引き取っていたのだという。

葬式の時のあの振る舞いは、僕の父方の祖父母にそうしていろときつく言われたからだそうだ。
何度も理由を聞いたが、そうしないといけない、としか言われなかったらしい。
何が起きているのか、何が原因で子どもたちは命を落としたのか、何もわからない。
それまで泣きじゃくりながら事の次第を話してくれた従姉妹だったが、
話が終わるとすっと落ち着きを取り戻し、今の話は忘れてくれと頼んできた。
僕自身、そんな突拍子もない話を聞かされて混乱していたのだが、
何かとても良くない事が起こっていて、それが簡単に済むような話じゃないのはなんとなく理解した。
ご愁傷さま、とだけ声をかけ、僕は家を後にした。
最後に従姉妹夫婦を振り返った時、背後に揺れる布のようなものが見えた気がした。

それからしばらくして従姉妹夫婦は忽然と姿を消し、それからまた数週間経った後に、
山中で遺体が発見された。
再び葬式になったが、子どもたちと同じように誰も何も喋らない葬式だった。
その後、父と祖父母に何回も事の真相を聞き出そうとしたが、絶対に何も教えてくれなかった。
従姉妹夫婦も、その廃れた神社がどこにあったのかを詳細に言おうとはしなかった為、
これ以上何も調べられなくなってしまい、結局何だったのか未だにわからない。
従姉妹夫婦の話を完全に信じたわけではないが、これ以上首を突っ込むのも躊躇われた。
それ以降、僕は山に近づくことをやめた。

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