無月の水無月

10年前のとある6月の体験談。

 クライアントの会社は元国際空港のそばにあった。

たいていの空港の御多分にもれず、街はずれにあるために

大通りを少しそれると あたりの風景は工場や何かの倉庫か田畑ばかりだ。

そのせいで、日がすっかり暮れてしまうと夜道は真っ暗。

少ない街灯や工場などの防犯灯はあっても 闇の向こうが余計にはっきり

しなくなるだけだ。

 その日は朝から霧雨がじめじめと降り続き、夜もふけてからやっと上がったが空は暗く

田畑に囲まれたその帰路は、冷たい空気に うっすらともやが立ちのぼっていた。

時間はすでに真夜中近くだったが、何といっても生活道路である。

ふいの飛び出しによる事故に注意しながら車を進めていると 

小さな交差点で赤信号に出くわした。

 右は田んぼが川まで続いていて 遠くに心細く何かの灯火が見える。

左は大きな工場の高い塀が暗闇に伸びている。

「こんな人通りも車通りもない交差点は 夜間点滅信号にしてほしいなぁ」

そんなことを思いながら車を停車させていた。

が、いつまでたっても青信号に切り替わらない。

「もしかして 車両感知式かな?」

そう思って少し車を前に出してみる。

後続車がないことを確認してからちょっとバックもしてみる。

それでも信号は青に切り替わらなかった。

 車窓から漂う草いきれを深々と吸ってため息をつくと

「今のうちにタバコに火をつけとくかぁ」と、思いついた。

 今から考えるとのんきな話だが、助手席のカバンに手を伸ばしたとたん 

ガクン!と足元が下がるような気がしてひやっとする。

何かこう 階段をおりていて足を踏み外しかけた時の感覚に似ている。

気を取り直してあたりをうかがうと、

交差点はただ暗く静かで カエルの唄う声が闇の広さを倍に感じさせていた。

信号機などなかった。

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