ハイハイおじさん

未だに、そのフォルムの「物」 「者」を見ると思い出してしまう。
数十年前、まだ学ランを着ていた時の話です。

桜も散り、夕陽が鱗雲を照らす時刻。
三両編成の電車を降りて、河川敷を自宅に向かい歩いていました。
昔からシックスセンスが敏感で、その時も違和感を感じていました。
いつも歩いている、もしくはいる場所が「違う場所」に感じる時がありました。
夕陽が照らし、まだ暗くないですが違和感が体を包み短ランの内ポケットから jpsを取り出し、
叔父さんから貰った年齢に不相応なクロムハーツのジッポで 火をつけ、心と体を落ち着かせました。
夕陽に向かい、煙草の煙を纏いながら歩いていると、
百メートル位先の 電柱の近くに、「おじさん」が草を刈っていました。
上半身だけが見えグレーのスエットで鎌じゃなく素手で。
少し傾斜だったので上半身しか見えなかったのを覚えています。
一人で不安だったので、知らない人でも少し安心したのを覚えています。
おじさんを左目に通りすぎ、左前方の橋を向かい、煙草を川に投げようと 橋を渡ろうと体を左に向けた時。
意識は左じゃない方向に向きました。
先ほどのオジサンがこちらを見ています。
ハイハイの格好で「は?」思わず独り言が、煙草の煙ともれました。

今思えば、煙草の煙を嫌がっていたんでしょうね。
ほぼ下を見ずに、橋の下に煙草を投げたその時。
無表情でこちらを見ていた、ハイハイの格好のオジサン。
頭の薄い、グレーのスエットのオジサンの口だけ動かして
「待ってて!」
うるさい位の大声で叫びました。
「は?ヤベー奴か?」っと声を漏らした時でした。
ハイハイのまま、大人のはや歩き位のスピードで向かってきました。
ニコニコしながら。
人間か?オバケか?考えながら体を反転させ、 橋の上を走りました。
走りながら橋の真ん中辺りまで来て 後ろを振り返えった時です。
「目の前に顔が」なんて事はありませんでした。
橋に右手をかけて、止まっています。
なんで来ないんだろうと思っていたら 違和感の正体に気付きました。
想像してほしいのですが、 ハイハイの格好をするとスエットの上着って見えませんよね?
スエットの上着がアスファルトに付いてました。

その時です、風が吹きオジサンのスエットが揺れた時に見えるはずの 体、
ハイハイしていたら見えるはずの下半身が見えませんでした。
ハイハイおじさんは、顔と、胸辺りから上、腕しかないんだと気付いた時に
全身に鳥肌が立ったのを覚えています。
しかし、なんでこちらに来ないんだ?
そう思ってオジサンの周りを見ていたら
捨てたはずの煙草が橋の道に転がっていました、煙をあげながら。
あれのおかげか、そう思っていたら少し強めの春の風が吹き
コンクリートに引っ掛かってた煙草がカタカタと飛びそうになってるのを見た時に、
慌てて新しい煙草に火をつけようと煙草を咥えてジッポを 持った時に落ちていた煙草が風で川に落ちていきました。
「待ってて!」
また声が聞こえました。
先ほどまで、はや歩きのスピード だったのに十メートル位、先のハイハイおじさん。
違うか、右手を動かすと 顔は左に、左手を動かすと、顔は右に。
顔と、手だけのオジサンが 大人が走るくらいのスピード向かってきました。
ずっと、「待ってて!」「待ってて!」っと叫んでいます。
体を反転させ、走りながらジッポの火をつけ、
走りながら煙草を吸い上げ 火が付いたとき、声が聞こえました。
「持ってて」

朗読: 【怪談朗読】みちくさ-michikusa-

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