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ルビイ

これは私が小学校三年生の時のお話。
不躾な事にそんなものがあるのかというのもアレなんだけど、
もう時効かな?と思って今日はこんな話をしようと思う。

私が小学三年生の頃、公園の近くに優しいお姉さんが住んでいた。
中学生だったように思ってたけど、高校生だったかも知れない。
とにかく、ある時公園にひとりいた私にお姉さんは声をかけて来て、
それからすぐそばにあるお姉さんの家に度々遊びに行くようになった。
お姉さんの部屋は大人で私には見る物すべてが何というか、煌びやかな大人の世界だった。
小学三年生から見たら大人だったのだと思う。
いつしか辿り着くのであろうあまり興味もない大人の世界ではなく、
近い将来こんな風になりたいという現実的な大人の世界だった。
具体的にいうと、壁に自作の物だろう色とりどりの貝殻を貼り付けた飾りがあった。
今にして思うにコンキリエに着色してあったのだろう。
お姉さんは絵を描いたり飾りを作るのが上手で初めて声をかけられた時、
私はなぜか公園でひとりスケッチの真似事をして遊んでいたのだった。
洋服はタンスにしまうのではなく、一目で分かるように全部吊るしてある。
それに、布団ではなくベッドで眠っている。

ある時の事。
私はお姉さんの部屋を何気なく見渡していて異様な物が目に留まった。
それはルビイだったのだけど、ここでいう異様な物というのは
それがやけに似つかわしくない幼稚なものに見えたからだ。
もちろん本物のルビイではない。
子供の手のひらほどもあったのだから、もし本物だったら数千万円とかの代物だろう。
「綺麗でしょ?」
それをじっと眺めていた私に不意にお姉さんはそう言った。
私は「うん」と頷いたのだと思うけど、
本当は大人のお姉さんに似合わない幼稚な物にみえていた。
ところが、どうしたわけだったのだろう?
私は急にそれが欲しくて欲しくてたまらない気持ちになってしまっていた。本当に。
本当に悪気はなかったのだけど、
気がつけばお姉さんの部屋からそのルビイを黙って持ち出してしまっていたのだった。
こんな物が欲しかったわけじゃない。
こんな物、ぜんぜん欲しいとは思わない。
よっぽどそれを返しに行こうと思った。
そうだ、また遊びに行ってそっと返しておけばいいかも知れない。
いや、きっとお姉さんは私がそれを持ち去った日に気づいているだろう。
今更ごめんなさいって返しに行ってもきっと「ドロボー」と呼ばれて嫌われてしまうだろう。

それから私はお姉さんの家に遊びに行く事をやめてしまった。
あの公園にも近づかない。
しばらくしてから私は奇妙な夢にうなされる事が度々あった。
毎日ではないけど時々同じ夢をみて、その内容がちょっとずつ変わってくる。
その概要というのは私はいつも雨の中にいた。
雨がざんざんと降っていて、とても憂鬱な気分の中で
足元の水たまりがまるで川のように流れているのだった。
ふと、手の中を見てみると知らず知らずにあのルビイを握りしめていた。
夢には時々、女の子が出て来る事があった。
その子は当時の私と同じくらいの年恰好で雨の中でじっと濡れそぼっていた。
わりと遠くに佇んでいるのかも知れない。
それとも案外近くに立っているのかも知れない。
とにかく額に貼り付いた、べったりと濡れた髪は見えても雨のせいなのか遠いからなのか顔がはっきり見えない。
そしてまた、その女の子は時々私に向かってこんな事を呟いた。
「返して。盗んだでしょ?返して・・・」
大人の私だったら、きっと罪悪感からくる悪夢だと冷静に分析するだろう。
だけど小学三年生の私には夢の中で雨に佇んでいた時点でまた繰り返される地獄でしかなかった。
またこの夢だと思っていても、その深い憂鬱の中に立ち竦んでいる他に手立てはなかった。
そうしてこんな事。両親にも友達にも先生にも相談できるわけがない。
私はこの時思った。
きっとこんな時に相談できる相手はあのお姉さんしかいなかったのだろうと。 そして、その大切な物を私は無碍に失ってしまった事を心から後悔していた。
我ながら、当時を振り返ってずいぶんと勇気が要った事だと思う。
心底反省して、その挙句の決心だった。

私はまたお姉さんの家を訪ねて正直にルビイを返しに行ったのだった。
「それ、欲しいの?」
私はまた「うん」と頷いた。
本当はこんな物、微塵も欲しいと思わない。
だけど、欲しくもないのに人の物を勝手に持ち去ってしまうよりも、
欲しくて欲しくてたまらなかったからつい盗んじゃった方がちょっとでも罪が軽いように思えたのだ。
「気にしなくていいわ。それ、あげる」
私はとっても嬉しそうな顔をしてみせた。
本当に欲しいとも思わない赤いガラス玉を嬉しそうに受け取った。
あるいはお姉さんが少しも怒ってなくて、また仲良くしてくれる。
思いのほか簡単に許してもらえた事が心底嬉しかったのかも知れない。

お姉さんは私にルビイをちゃんとくれたのに、
夢の中の女の子はそれからも出続けた。
雨の降りしきる中に近くにまで迫って来ているのか、あるいは遠くの方で呟いているのか。
怒ってるのか、泣いているのか顔は分からない。
ただ、話している事はいつもだいたい同じ事。
「返して。盗んだでしょ?返して・・・」
私はもう居た堪れなくなってしまって、
結局せっかくもらったルビイを橋の上から近くの川の中へと投げ込んでしまった。
ガラス玉はポチャンと音を立て。
一瞬水面に真っ赤な閃きを放つと静かにコバルト色の奥深くへと揺れながら落ちて行った。
それからというもの。
雨の中に佇む夢も見なくなり、女の子も現れなかったと思う。
ルビイを川に捨ててしまった事は言えなかったけど、
何かの折に私はお姉さんにどこかに落としてしまったのだとちゃんと謝った。
そしたらお姉さんは「知ってるわ」と言って、
ベッドの下に押し込んだパッキンの中から不思議な事にあのルビイを取り出してみせた。
「帰って来ちゃうのよ。またあげてもいいけど、どうせ帰って来ちゃう・・・」

こんな不思議な事は今までの中で後にも先にも一度きりだった。
あるいはまだ幼かった私が招いた複数の勘違いと誤解と罪悪感が紡ぎ合わせた虚偽の記憶だったのかも知れない。
ともかく、確かな事は私がお姉さんの部屋からルビイを盗んでしまった事だけは事実だった。
それからも私はよくお姉さんの所に遊びに行っていた。
いつしか、お姉さんと同じくらいの優しいお兄さんも遊びに来るようになった。
お姉さんはお兄さんの事を「お友達」と言って紹介してくれたけど、カレシなんだろう。カレシなんだ。
いいなあ、私もいつかお姉さんみたいな大人の部屋で優しいカレシと一緒に過ごすんだ。
ある時、お姉さんの家を訪ねると玄関先でおばさんがお花に水をやっていて、部屋にいるからといった。
私はいつも通りお姉さんの部屋を開けると二人はベッドの中で抱き合っていた。
小学三年生でも二人が何をしていたかはだいたい見当がつく。
疎外感みたいなのがわいて、それきり私はお姉さんを訪ねる事はなかったのだった。

時は流れて私がちょうど、あのお姉さんほどの年になった頃。
その頃にはお姉さんの事もルビイの事もだんだんと記憶から薄れていった。
何かを思い立った私は県立の図書館を訪れて古い新聞記事を調べていた。
何を調べていたのかはよく憶えてはいないけど、
その頃学校でダンス同好会みたいなのを作っていて、
バブル経済と呼ばれていた頃のクラブにたいへん興味を持っていた。
高度な技術を競うようなダンスよりも、みんなと踊れるような大衆的なダンスがしたかったのだ。
その傍らで近隣で起きたある水難事故にふと目が留まった。
「すぐ近くじゃない」
幼い姉妹が河原で遊んでいて川で溺れたという事件だった。
姉が妹の玩具を取り上げて、遊びのつもりでそれを手の中の石コロと摩り替えて川に放り投げた。
妹は玩具を川に捨てられたと思い込み、咄嗟に川の中に飛び込んだ。
慌てた姉が妹の後を追いかけて川に飛び込んで姉妹共に溺れたという事故があった。
姉の方はたまたま近くを通りかかった大学生に助けられ、
一命を取り留めたが妹の方は亡くなってしまったという。
不憫にも亡くなったのは小学三年生の女の子で、
ふと思い出したのがその苗字があのお姉さんの苗字と同じだった。
お姉さんは今頃どうしているのだろうか?
あの優しいカレシと今でも幸せに暮らしているのだろうか?
このお話の怖いところはおそらくだけど、
お姉さんは夢の中の女の子を知っていたんだと思う。
知っていて、私にあのルビイをくれたのだとしたら・・・

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