同居人 狐現灯篭

※物語風に書いております。苦手な方はブラウザバックでお願いします。

 鎌倉にある、時が止ったような昔の佇まいを残す、どこか懐かしい古い町並み。

そこに俺の家はある。

腰をやらかした祖父さんが長期療養することになって、その祖父さんが一人経営していた古本屋を、大学中退組みの俺が手伝う事になったのが半年前。

元々売り上げなんか気にしていない祖父さんだったから、やる方も気楽だった。

おかげで俺はこののんびりとした町で、ゆったりと商売をしている。

ふと見上げた店先から見える山間に、妙な光の束を見つけた。

時刻は午後6時。

こんな時間にあの山で、何か祭りでもあっただろうか?

ふと気になりながらも、

「まあいいか、」

その一言で済ませ、俺は夕飯の用意に取り掛かった。

七輪を軒先に用意し、冷蔵庫から秋刀魚を用意する。

店の前は静かなもので、地元住民しか殆ど通らない。

顔見知りも多く、外で魚を焼いたぐらいでああだこうだとはならないのが、ここの良い所だ。

実に住みやすい町だとつくづくそう思う。

そろそろかな、そう思い秋刀魚をひっくり返した時だった。

「やあ」

夜風に紛れるようにして一人の若い男が、俺の前に姿を現した。

「秋刀魚か、いいね、ちょと待っててくれたまえ」

そう言って男はさも当たり前のようにして、店の中へと足を運ぶ。

男の名はS。

俺がこの家を継いですぐに祖父さんが、

「二階の部屋、空いてるだろ?一人住まわせてやってくれ」

そう言って紹介してきた男が、俺と同い年で地元の大学に通う大学生Sだった。

端整な顔をしており、初めて会った時は女かと勘違いしそうになった程。

黙っていればモテそうだが、あいにくと偏屈物で、本人曰く、大学内では少し浮いた存在として煙たがられているらしい。

その一因の一つは、彼が大のオカルト好きだということ。

何度かSの部屋に入ったことはあるが、部屋の中はほとんどオカルト関係の本で埋め尽くされていた。

一度電子書籍にしてみては?と持ちかけたが

「そうだねえ」

と気の無い声で返事を返された事がある。

とまあとにかく偏屈物だ。

「おまたせ、さて、これがないと始まらないだろう?」

店から出てきた着物姿のSが、手に純米吟醸とラベルを巻かれた酒を俺に見せて来た。

確かに。おかずに相性のいい純米酒は外せない。

それに黙って頷き返すと、Sは店の前にある長椅子に腰掛、二人分のグラスになみなみと酒を注いだ。

チリンチリン……。

凛、とした風鈴の音色が響く。

気持ち良い夕暮れの風が、ふと、俺の前髪をサラサラと揺らした。

少し肌寒く感じる夏の夜。季節はもうすぐ、夏から秋に変わろうとしている。

俺とSは互いのグラスを合わせ乾杯をし、酒を口に運ぶ。

美味い。そう思っていた時だった。

「A、君は逢魔が時という言葉を知っているかい?」

唐突に言うS。

「何だ、一口でもう酔ったのか?」

Sはこうやってたまに突然オカルトめいた事を口にする事があった。

それもこんな機嫌の良い時に限ってだ。

「はは、まあ聞きたまえよ。暮れ六つといってね、昔で言う酉の刻、現在の時刻だと、17時~18時の事を指すんだが」

そう言ってSは俺の返事も待たずに話を続ける。

「昔から魑魅魍魎、魔物が出る時刻だと言われてきたんだ」

魑魅魍魎?魔物?

最近やったスマホのゲームにそんなのが出てきた気がする。

決して現実めいた話ではない。

けれど、俺はSのこういった話は嫌いじゃなかった。

むしろSがきっかけで、こういった関係の話が好きになったと言っても、過言ではないからだ。

「魔物がかっぽする時間か、そういえばさっきから人っ子一人通らないな。これも逢魔が時ってやつのせいか?」

冗談めかしながらそう言うと、Sはクスリと小さく笑って見せた。

「かもね。特にこの町は、そういった事に近しい場所にあるから、何かと化かされる事もあるかもしれない」

Sが再びグラスを口に運ぶ。

ふと、先ほど見た山間の光の束に目をやった。

さっきとは少し形を変えている。

「なあS、あの提灯の灯り、何かの祭りだと思うんだけど、何か分かるか?」

俺が聞くと、Sは顔を上げ、山間に視線を移した。

「ああ、あれは麓にある稲荷神社の祭りだよ」

「稲荷神社の祭り?」

「知らないのかい?そうか……なら少し長くなるが、こんな逸話があるんだ」

そう言って、Sはぽつりぽつりと語り出す。

「その昔、あの山の主でもあった化け狐が、一人の男に恋をした。けれど人と狐が添い遂げるなんて事はできない。思い余った狐は人間の女に化け、その男と添い遂げようとした、けれどふとしたきっかけで、男はそれが狐だと分かってしまったんだ。男はその場から急いで逃げ出した。が、悲しいことに、男は途中にあった崖から足を滑らせ、そのまま命を落としてしまったんだ。狐は泣きに鳴いた。流れ出す涙は行く晩も止む事はなく、やがてその涙は山の川に流れ込み、麓にある村を襲った。村人達は困り果て、徳の高い僧にお願いして、狐と、悲劇に見舞われた男の為にお堂を作った。そして祭りを開くようになったという」

そこまで話して、Sはグラスの中の酒を一気に飲み干した。

「そんな祭りがあったのか、知らなかった……今度、行ってみようかな」

そう言って俺も酒を一気に飲み干す。

その時だった。

「どこに行くんだい?」

「えっ?」

突然、後ろから声を掛けられた。

思わず振り向くと、

「なんだい、一人でそんなとこに座って、月見酒でも?」

キョトン、とした顔で俺にそう言った人物は、

Sだった。着物に着替える前の姿。

「ん?七輪?何か焼いてたのかい?」

Sが視線を落として言う。

ハッとして七輪を見るが、そこに秋刀魚はなかった。

「えっ?あえ?」

思わず声が上擦る。

「どうした、変な声まで出して、おかしな奴だな、ん?あれは……?」

Sが山間に目をやった。

つられて俺も視線を向けた。

「狐火……?いや、まさか……な」

「狐火?ま、祭りじゃないのか?稲荷神社の?」

せかすように聞く俺に、Sは微笑した。

「稲荷神社?祭り?君は一体何を言っているんだい?」

そう言って笑い出すSに、俺は唖然として何も言えなくなってしまった。

ふと、通りの向こうで何やら影が見えた。

Sも気がついたらしく、俺とSは同時に影の方を見た。

「狐か……?珍しいな、山から下りてきたのかな?」

そう言ったのはS。

そう、影の正体はキツネだった。

しかもよく見ると、口に何かくわえている。

まさかあれは、

「お、俺の、秋刀魚……?」

ようやく出た俺の声に反応したのか、キツネはこちらにおじぎでもするように頭を下げたかと思うと、その場から駆け出し、あっという間にいなくなってしまった。

「ふふ、なんだい、狐に化かされたような顔して、おや、これは?」

Sはそう言うと、長椅子に置いてあった見知らぬ竹筒を手に取った。

布のようなもので蓋がされており、Sはそれを取って鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。

「酒だな。それもかなり良質で良い酒のようだ」

「酒……?」

「ああ。もしかして、さっきの狐と、このお酒と秋刀魚を、交換でもしたのかい?」

愉快そうにSは言う。

「いや、その、何から話したらいいか……」

正直な感想だ。

「ははは、まあいいさ、夜は長い、これで一杯やりながら、何があったか、ゆっくり語ろうじゃないか」

そう言ってSは何やら上機嫌な様子。

対して俺は、狐につままれたような顔で、ただただ頭を掻くしかなかった。

朗読: かすみみたまの現世幻談チャンネル

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