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代役

「なんで、このタイミングで辞めるかなー⁉」
JK娘のカスミが、スマホを片手にプンプン怒っている。
「ハヤシが部活辞めるって、いま電話が掛かってきた」
ハヤシはカスミと同じ高校の男子学生。更にカスミと同じ演劇部である。
「文化祭まで1週間だよ!アイツ役付いてるのに、どうする気だよ!」

文化祭といえば演劇部にとって、高校演劇大会に次ぐ大イベントだ。
それを間近に控えての退部など、カスミに言わせれば外道の所行だそうだ。
「この前の中間テストで成績がガクッと落ちてたらしくて、先生や親に色々言われて、退部を決めたんだとっ!」
カスミはせめて文化祭が終わるまで待って欲しいと電話口で説得したが、
大人達に煩く言われたハヤシはすっかりグレて仕舞ったようで、意思も固く、聞き入れてくれなかった。

その後、ハヤシの代役を立てる事も考えたものの、元々部員数が少なく、
裏方もギリギリで回していたので、それも出来ず、
台本を書き換えて、ハヤシの役を削除して上演することとなった。
劇の内容は学園モノで、シーンは全て教室なのだが、ファンタジー的な要素もある事から、
椅子や机の代わりに、人が座れる位のカラフルな大きな積み木を配置し、
それに生徒役が座ったり立ったりして演技をする事にしている。
生徒役の1人だったハヤシ用の積み木も当然用意されていたのだが、
ハヤシの役が削除された為、積み木が1つ不要になった。
はじめは撤去しようとしたのだが、舞台監督の生徒が、積み木はそのまま置いておこうと言う。
積み木が1つ無くなると、舞台全体が何となく間の抜けた印象になるというのが、その理由だった。

文化祭当日、演劇部の公演はステージパフォーマンスのトリだ。
部員全員この1回の演劇に何ヶ月も掛けて準備してきたのだから、
たかが文化祭の出し物とはいえ、流石に緊張しないわけはない。
皆、全身全霊で舞台に挑んだ。
部員の突然の退部と台本の書き直してというハプニングもありながら、それを乗り越え、劇は滞り無くスムーズに進んだ。
劇中盤、先生役のタカシが大袈裟な素振りで台詞を言う。
「死ぬ気で勉強しろ!なーんて事は言わんよ。死んだら、お仕舞いだからな」
台本通りの台詞だ。
次の瞬間。

「私は死んでない」
誰かが発した。 弱々しい女子の声。だが、はっきりと聴こえた。
しかしそんな台詞は台本にはない。
一瞬、間が空いた。 時間にすれば1秒位か。 だが、タカシが機転を利かせた。
「そ、そうだな。まだ誰も死んでない。死んでたら先生が困るよ。ハハハ……」
上手くアドリブで切り返した。
その後は台本通りに劇は進み、無事公演は終了した。

「もう、タカシ先輩が急にアドリブぶっ込むから、びっくりしましたよぉ」
幕が下りると同時に、生徒役の後輩がタカシの背中をバシバシ叩きながら言う。
「えっ、いやいや。びっくりしたのはこっちだよ。
『私は死んでない』って、あれは、誰が言ったんだ?」
タカシは生徒役の部員を見回して聞いた。
「えっ、何言ってるんですか?そんな台詞ありませんよ」
別の後輩がキョトンとした顔で答える。
「私も聴こえた」
カスミは言った。
「弱々しい、細い声。女の子だったと思うけど……」
「お、俺も聴こえた」
音響担当が舞台袖からやって来た。
「でも、誰の声かは、分からなかった……」
不思議なことに、その声は聴こえた者と聴こえなかった者がいた。
そして、その台詞を言った者が誰なのかは、最後まで分からなかった。
ただその声を聴いたと言う者は、全員、来年の春卒業の3年生ばかりだった。

3日後、ハヤシがカスミのクラスにやって来た。
ハヤシが演劇部を辞めて以来、一度も口をきいていなかったのだが、
態々呼び出されては流石のカスミも無視するわけにもいかない。
「なんでしょうか?」
カスミはまるで病原菌と対するように、態とハヤシから距離を取って立った。
「まあ、今回の事は、悪かったよ」
ハヤシにしては珍しく、モジモジとした物言いに、何だかカスミの気持ちも少し和らぐ。
「終わったことだから、もういいよ」
カスミの言葉に少しホッとしたのか、ハヤシの態度も何時もの調子に戻る。
「文化祭、劇観たよ」
「うん、どうだった?」
「俺の台詞、全カットしたんだな」
「代役立てる余裕無かったからね」
「でも、新入部員、入ったんだろ?」
「はあ?新入部員なんて居ないよ」
「えっ、俺の立ち位置に、見たことない女子が居たじゃん」

劇中、ハヤシが座る予定だった黄色い積み木の上に、白いブラウスに紺のスカートを履いた女子が座っていたと言う。
「あまりにも無表情で、しかも全く演技もしてなかったから、俺気になっちゃて、
思わずずっと見てたら、それに気がついたのか、急に俺の方を見てニヤニヤ笑い出したりして、超気持ち悪かったよ」
ハヤシの代役は立てていない。
当然そんな配役などしていない。
突然、カスミは背筋にゾクッと寒気を感じた。
と同時にハヤシの後ろに、見知らぬ女子の姿が一瞬見えたような気がして、カスミは思わず一歩後退った。
「ハ、ハヤシ、その話、あまりしない方が良いかも……。ごめん、後でメールする」
カスミはバタバタと走って、ハヤシから逃げた。
怖くてハヤシの側に居られなかったのだ。

その後直ぐに、カスミはハヤシにメールを送った。
劇中に起こった出来事と、ハヤシの後ろで見た人影についても書いた。
カスミ『もしかしたらだけど、お祓いとか、行った方が良いかもしれないよ』
ハヤシ『マジでか⁉』

その後ハヤシは、両親に頼み込み、神社でお祓いをしたと言う。
「流石に女の霊が憑いてるなんて言えなくて、大学合格祈願させてくれって言ったんだけどね」と、ハヤシ。
そのお祓いが効いたのかどうかは分からないが、ハヤシは第一志望の大学には落ちたものの、
今は大学生として楽しい学園生活を送っているそうだ。

しかし劇中、ハヤシの代わりに黄色い積み木に座っていた女子については、今でも謎のままだ。
おわり

朗読: 朗読やちか

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