夜の工場にて

 私には霊感がありません。
 そもそも幽霊を見たことが無い、というのがその証拠であると思っていたのですが……。
 そんな私が唯一、説明が付けられないようなものを目にした体験をお話ししたいと思います。

 今から十数年ほど前、当時派遣社員だった私はある工場に派遣され、そこで働くことになりました。
 都市部から離れた工業団地の一角にあったその工場は様々な機械部品を製造しており、 当時はある製品の需要が大幅に増えた為、増産して対応することになったものの人手不足に陥っており、 急遽派遣社員を呼んでその人手不足を解消しようとしていたようです。
 工場の管理者の方の説明を受けた後、製造を担当する課長に現場へ連れていかれ、そこで数週間にわたり正社員の方からみっちり作業手順等を指導されました。
 後に私に割り当てられた仕事はその工場で作る製品に組み込む、更に小さな部品を製造する生産ラインの担当でした。
 その小部品の生産ラインは、製品を製造する部屋から離れた工場の一角にあり、少しでもゴミが付着しただけでも問題が起きる精密部品な為、生産ラインの周りは分厚いビニール壁で囲まれ、 出入り口も分厚いビニールカーテンで覆われた状況。
 増産に対応する為、24時間に渡り交代しながら生産し続ける、体力的にもかなりきつい仕事でした。
 ただ私が担当する製品以外はそんなに需要が増えていないのか、他の部署・生産ラインの方々は日中はいれども夜は不在であり、深夜、工場にいるのは私が配置された部署の人間だけ。
 日中担当の日ではビニール壁の向こうで他の部署の方々が多くいて、特に何とも思わないのですが……。
 深夜の担当日は周囲が真っ暗な中、部品を取りにくる人以外は誰とも出会わない孤独な作業となります。
 数か月にわたり、私は正社員の方とコンビを組んで対応していましたが、作業に完全に慣れたと見なされ、一人でその小部品の生産ラインを任されるようになりました。

 気が抜けない激務が続くとある深夜担当の日のこと。
 2時頃でしょうか、私はいつも通り一人で小部品の生産ラインを見守っていました。
 半透明の樹脂カバーの向こうではロボットアームがせわしなく動き、ラインを流れてくる小部品を専用ケースに詰め込んでいきます。
 ケースが満杯になったらカバーを開いて取り出しチェック、次の製品生産ラインの担当者が取りに来たら受け渡し。
 隙を見ながら原料を投入、基本的にこの作業の繰り返し。
 慣れているのでどのくらいの時間経過でケースが満杯になるのか把握出来ているし、原料も余裕を持って投入済み。
 ボーっとカバーの向こうのロボットアームが動くのを見ている時にふと気づきました。
 カバーには真上の蛍光灯に照らされた私が映っていたのですが、背後に誰か立っています。
「あれ……見回りか? 珍しいなー」と思いつつ「何も問題ないですよー」と答えようと振り返ったら、誰もいない。
 周囲を見渡しても誰もいないし、背後の数メートル先にある透明なビニール壁の向こうも真っ暗。
「見間違いだよな? 深夜だしボーとしてたし……多分気のせいだな」と自分に言い聞かせました。
 でも目の前のカバーを再び見ると… 間違いなく誰かが私のすぐ背後にいる。
 顔は見えない、ただ私と同じく作業帽を被った男らしき人が私のすぐ後ろに立っているのが映り込んでいます。
 全身の血の気がサーっと引く中、ふとおかしいことに気づきました。
 この生産ラインの出入り口は分厚いビニールカーテンで覆われており、誰かが通ればビニールが擦れる独特の音がするのですが、さっきからそんな音は一切していません。
 じゃあ、私の後ろの人は……。
 ありえないものを見て恐怖にかられた私はその場を全力で離れ、後ろを振り返ることもなく暗い通路を全力疾走。
 他の皆がいる生産ラインの部屋に駆け込みました。
「すいません! 誰かこっちに来てませんか?」と慌てながらそこにいた正社員の方に聞くと、 不思議そうな顔で「ここにいるうちらと君以外に人はいないけど……どうかした?」
 さっき見た不可思議なものの説明をして全員の手を止めさせるのは心苦しいし、どうしたものかと返答に窮した私の視界の端にあるものが写りました。

 社員用デスクが並んでる中、課長のデスクの上の花瓶に飾られた花……。
 数日前に工場内で突然に課長が倒れ、救急車で病院に運ばれたもののそのまま帰らぬ人となりました。
 私はその時間は非番で現場に居合わせていなかったのですが、業務開始前にメンバー全員で課長のデスクに向かって黙とうしたばかり。
「まさかさっきの人は……」と心によぎりました。
 顔は見えなかった、でも雰囲気的には課長のような……確信は持てませんでした。
 ただ、もしあれが課長なら未だに自分が死んだことに気づかず工場内を見回っていたのではないか?
 私のことを心配して見に来たのでは?
 霊感の一切無い私には予想しか出来ず、その正体も出てきた意図もさっぱり分からず仕舞い。

 後日、気になって周囲を注視していましたが、特におかしなことは一切起きることはありませんでした。
 その数週間後に派遣元より別の会社に移動せよと指示がくだり、その工場から離れることになりました。
 果たして私が目にしたアレは本当に幽霊だったのか、
それとも二度見での見間違いだったのか……未だに答えが出せません。

朗読: りっきぃの夜話

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