保育園のころの記憶

 これは、私が保育園の頃の話です。
 私にはAちゃんという友達がいました。 Aちゃんとはよく一緒に遊んでいたという覚えがあります。

 ある日の保育園の遊び時間、廊下に一人でいるAちゃんを見つけました。
 廊下には、先日描いた絵が展示されていて、Aちゃんはそれを見ているようでした。
 絵は園児がひとり一冊ずつ持っている画用紙帳に描かれていて、廊下に置かれた長机の上に、ずらりと並べられていました。
 Aちゃんは絵に手を伸ばすと、画用紙帳の縁を指でなぞり始めました。
 なにをしているのか気になった私が聞いてみると、Aちゃんは「こうすると楽しいよ」と言いました。
 大人になったいま考えると意味不明なのですが、当時は「Aちゃんがいうならそうなのかもしれない」と思い、自分も試してみることにしました。
 Aちゃんにならい、画用紙の角から角へすっと指を滑らすと、指先にビリッとした痛みが走りました。
 驚いて指先を確認すると、紙で指を切ったようで、小さな切り傷ができています。
 皆様も経験があるかと思いますが、紙で指を切った時というのは案外痛むもので、血が出ていた驚きもあり、私はその場で大声で泣き出しました。
 慌てた先生がすぐに飛んできて、私の指を水で洗い、消毒をして、ばんそうこうを巻いてくれました。
 指はまだジンジンと痛みましたが、先生がなだめてくれたこともあり、手当が済みしばらくすると、だいぶ落ち着いてきました。

 落ち着いた私が園内をぶらぶらしていると、また廊下にAちゃんがいました。
 しかも、先ほど私がケガをした、画用紙の縁をなぞる行為をしています。
 私が「Aちゃん、それやめた方がいいよ」と言うと、Aちゃんは画用紙の角から角まで指をすっと滑らして、その指を私に向けてきました。
 Aちゃんが見せてきた人差し指を見ると、なんと、ぱっくりと傷付いていて、そこから、たらりと血が流れていました。
 驚いた私は大声で先生を呼びに行き、Aちゃんが画用紙でケガをしてしまったことを話しましたが「そうだよね、痛かったよね。もう大丈夫だからね」と、いまいちかみ合いません。
 先生は、私がケガをしたことをまた騒いでいると思っているようで、私は必死に「違う、Aちゃんがケガをしたんだ」ということを説明しましたが、全然分かってくれません。
 仕方がないので、Aちゃんを連れてきて、指のケガを見せようと思いましたが、肝心のAちゃんがどこにも見当たらないのです。
 夕方母が迎えに来たときにも、私がケガをして二回も騒いだと先生が母に言っていましたが、私は釈然としない思いでした。
 保育園のころの記憶なので、この日以降Aちゃんがどこかに消えてしまったのか、それ以降も友達として遊んでいたのか、正直、よく覚えていません。

 卒園後、私は地元の小学校へ進学しました。
 私の住んでいる地域は田舎なので、その保育園の卒園生はほとんど同じ小学校へ進みますが、ある時、ふと「あれ?そういえば、Aちゃんがいない」と気が付きました。
 気になった私は、母や友達に聞いてみたのですが、誰もAちゃんのことを知らないのです。
 そんなわけはないと、卒園アルバムも見てみたのですが、どこにもAちゃんのことは載っていませんでした。

 大人になってから、テレビで〝イマジナリーフレンド〟というのを見たときに、Aちゃんは私のイマジナリーフレンドだったのかもしれないなと思いました。
 もしくは保育園にいた幽霊かなにかだったのか……。
 当時は、怖いなんて、全く感じていませんでしたし、
 今でも特に感じてはいませんが、Aちゃんが私に指の傷を見せてきたとき、にやりと笑っていたことを思い出すと、案外悪いやつだったのかもしれません。

朗読: りっきぃの夜話
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