春も終わり、湿気が多くなってくる時期の夕暮れ時、俺は山を下っている。
暑いんだかぬるいんだかよくわからない空気が吹く、非常に不愉快だ。
そんなことを考えながらやっとの思いで山小屋……道の駅と言うべきか、そんなところに着く、横幅があり、あたかも木組みで作られたかのようにそれっぽく作られた道の駅があり、左手には森に続く急勾配な登山コース、右手には山のふもとに続く急とも緩やかとも言えない坂道がある。
俺が来た道はというと、右には山々の景色、左には崖、崖の上は道の駅を正面から見て左手の道が続いていると言った構図と言えば大体想像つくだろう。
俺は一休みしようと道の駅に向かったが、どうやらもう店には誰もいないようで皆早々と下山してしまったらしい。
朝の賑わっていた面影は全く感じられない。今俺はこの山に一人でいるようだ。
俺は道の駅を出て、山を下る道を歩いた。
右には山々の景色、左には崖と草や木々の壁がうっそうと立っており、夕日を正面に眺めながら俺は歩を進める。
ふと生暖かい風が吹き、木々がざわざわと音を立てる。
何となく後ろを振り向くと、 「何か」が居た。
細長く、縦に3mほどあり、横幅は俺より細い。
その「何か」は俺に存在を気付かれた途端歩き出した。
ゆっくりと、その「何か」は木……いや、もっと硬い何かがベキベキポキポキと折れる不快な音を立てながら不自然に歩いてこちらに向かってくる。
よくない……なにかよくないことが起きる気がする。
体の全ての細胞が全力であいつを嫌がっている。
日が沈む、俺はハッとして走った、今すぐ山から抜けなければならない。
日が沈んだら何かが起こる。何か良くないことが起こる。 そう確信し、全力で走った。
山の出口はあと400mほどの場所にある。 大丈夫、逃げ切れる。
後ろからは ベキベキベキバキボキッポキンッ と、より一層不快な音を立てながら「何か」が近寄ってくる。
日が沈むにつれて深い闇と得体の知れない「何か」 が寄ってくる。
脇目も振らず全力で走り、あと数十メートルのところまで来たとき、 その「何か」はすぐ後ろまで迫っており、俺の腕に触れ、耳元でこう呟く。
「ベキベキバキバキポキポキ」
どうやら音だと思っていたそれは声だったようだ……。
俺はそのあとの記憶はほとんどないが、家の前で腕がぐしゃぐしゃになった俺を家族が見つけたらしい。
すぐさま病院に運ばれ、異常なほどの複雑骨折だと伝えられた。
「何か」に触れられた俺の腕の骨はそれはもう無残に折られたようだ……。
山は何が起こるかわからない、皆も用心することをオススメする。