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受け取ってください

大学4年の夏。
3年生までに殆どの単位を取っていた私は週に一度ほどしか学校に顔を出す必要が無く、
その日は久しぶりの登校で、同じく久しぶりに友人と顔を合わせました。
そんな友人から聴いた話。

友人はキャンパス近くのN駅の目の前にある本屋でバイトをしていて、
毎日23時頃にバイトをあがる生活をしていました。
ある日の帰り道、N駅からから地下鉄を利用して帰る友人はホームまでかなり長いエスカレーターを下っていました。
周りに人は居らずエスカレーターの中腹に差し掛かったあたりで、
ホームの方から上りのエスカレーターに長く綺麗な髪の黒いワンピースを着た中肉中背の女が乗りました。
前髪が長く、顔は隠れていました。
特に気にせずすれ違い、振り返る事もなく友人はエスカレーターを下り、
ちょうどやってきた電車に乗り帰宅しました。

翌日も友人は同じように髪の長い女性とすれ違いました。
それからも2、3日に一度くらいのペースで女を見かけました。
女は決まって、彼以外が周りに居ない時に現れるらしいのです。
ただの偶然と思いつつ、もしかして何か霊的なものなんかじゃ無いかという不安な気持ちが積りに積もったある日、
その日もその女は上りエスカレーターに乗っていました。
普段は目を逸らしてやり過ごすのですが、幽霊ではないという確信が欲しく、女をよく見る事にしました。
近づいてくる女をしっかり見ると、特にうっすらしているとか、ぼやっとしてるという感じは無かったので
やっぱり思い違いで普通の人間なんだと安心しました。

女を視界に入れたまますれ違う瞬間ギョッとしました。
揺れた髪の隙間、若干黄色がかった様な白い肌で、紙粘土の様な質感に見えました。
そして顔中にヒビのようなものが入っていたのです。
「ぇぁ“っ」と声にも満たない音が喉から溢れると、髪の隙間から女と目が合いました。
白目がなく、薄い膜が張ったように濁った鼠色の瞳、何故かその女から目が逸らせなくなりました。
下りと上りのエスカレーターですから、当然女との距離は離れていきます。
本来ならある程度距離が開けば目が合わなくなりますが、
パキパキパキッメキメキ…と乾燥した木が折れるような音と共に、
ゆっくり女の首が回り、回り続け、身体はそのままに首が真後ろを向きました。
そして にやぁ… と大きく口角をあげました。

歯は血塗られて真っ赤で、黒い服、白い肌、鼠色の瞳、無彩色の中で真っ赤な口に異様な恐怖を感じ、
叫ぶ事もできず目を逸らす事もできず、ただ泣いていました。
女は妙なイントネーションと早口、というより声を何倍速かしたような話し方で
「へその緒、へその緒、ひさんき、ひさんき、落し物ですよ?こもこも、しほんはた、16月の53日。」
と口から唾のようにびちゃびちゃ血を飛ばしながら意味のわからない事を繰り返し始めました。

その言葉を聞くとまるで車に酔ったように頭がぐわんぐわんとしてきて、
それでも目を離せぬまま永遠とも思える時間が経過しまし、急に転んでしまいました。
エスカレーターは下りきって、それに気づいて居なかった為に転倒したようです。
転倒の 拍子に視線は外れ、反射的にエスカレーターを見上げた時に女はいませんでした。

そのあとの事はよく覚えて居ないそうですが、駅員さんに介抱されてなんとか家に帰っることができました。

以上が友人の話です。
そしてその翌日、友人は私にこの話をしました。
自分もたまに利用する駅での話なので、気味が悪く感じましたが、翌日には忘れてしまう程度でした。
そしてつい先日、私の家の近くのH駅の通路を歩いて居た時の話です。
髪の長い黒いワンピースの女性とすれ違いました。
その翌日も、また翌日も。

私は友人に電話をかけました。 
私は「女はまだ見るのか?」と聞きました。
友人は「もう見ないよ」と答えました。
そしてもう一つ「女を見る様になる前に、誰かから女の話を聞いた?」と問いました。
友人はしばらく押し黙った後、「先輩から。」と言った後電話を切りました。
再び電話をかけようとしたのですが、着信拒否されSNSのアカウントも全てブロックされてしまいました。
とはいえ友人を責める気にはなれません。
今となっては彼を友人とは思っては居ないのですが。

私は迷いました。知っている誰かに押し付けるのは抵抗があります。
言葉で伝えないと意味がない可能性もありますが知らない誰かに被って欲しく想い、女の話を語らせて頂きました。
名前も知らない、どこにいるかわからない、この話を読んだそんな誰か、
どうかあの女を受け取ってください。

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